7話 魔法のマニキュアと火事騒動(2)

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7話 魔法のマニキュアと火事騒動(2)

「みんな離れて!」  先生が叫ぶ。  しかし私は驚いてしまい、床に座り込んでしまった。 「香澄!」  慎吾は私の体を引っ張り、その場から離してくれた。  シュー。  先生は、万が一に用意していた消化器をかけるが、火はなぜか消えず、すごい速さで燃え広がっていく。 「消えない!どうして!み、みんな逃げろ!」  先生がクラスの子たちに、非常ベルを押して逃げながら火事だと叫んで欲しいと頼む。  それを聞いたクラスの子たちは、非常ベルを押し、理科室で火事が起きたと叫ぶ。  その音と声に、児童も先生も避難していた。  先生は、最後まで水をかけたり、新たな消化器を使用するけど火はやはり消えなかった。  私と慎吾は、その様子を理科室の外から見ていた。 「何をやっている!早く逃げろ!」  いつも穏やかで優しい先生が、大きな声を出す。  それほどのことが起きてしまったんだと、私は泣いてしまう。 「せ、先生も!」  慎吾が、先生の避難を呼びかける。 「逃げ遅れた子がいないか確認する!だから慎吾、香澄を連れて行ってくれ!」 「わ、分かりました!」  慎吾はそう言い、私の腕を掴む。 「だめ!先生が!私のせいなのに!」 「香澄のせいじゃない!逃げないと!」 「だめー!先生ー!」  私は、慎吾に無理矢理引っ張られる。 『どうしよう!どうしよう!消えない!そんなつもり、なかったのに!』  ……え?また、声が聞こえる。 『先生逃げて!先生まで死んじゃうよー!』 「この声は幽霊!」  私は、この火が幽霊の魔法の力で消えないのだと気づく。 「慎吾!あの火は魔法の力!だから私が消さないと!」 「え!……い、いやどうやって消すんだよ!」 「……あ」  私が使える魔法は、「幽霊の声を聞き話すこと」、「幽霊を見ること」だけ。魔法の火を消すことなんて……。 「逃げるしかないんだ!このままでは学校が燃えて……!」 「でも先生が!」  その時、私はある約束を思い出す。  ── 私も香澄ちゃんのお手伝いさせてもらえないかな?魔法なら任せて!  ── 魔法が必要な時は私を呼んでね。……私は「ミヤ」と言う名前なの。 「みやちゃん……。みやちゃん!助けて!学校が火事になったの!理科室には先生がいて!助けて!」  私は必死に叫ぶ。すると……。 『香澄ちゃん、呼んでくれてありがとう!でも、私たちも火が消せなくて!』 「そんな!」 『だからお願い!力を貸して!香澄ちゃんと私の力で消せるかもしれない!』 「でも、私魔力も霊感もないよ!」 『私が魔法を使う!だから香澄ちゃんも一緒に「火が消えるように念じて欲しい」の!』 「分かった!ありがとう!行くね!」  私が、理科室に戻ろうとすると、慎吾が止める。 「危ないだろう!」 「でも、みやちゃんが火を消してくれるの!私も手伝えるかもしれない!だから、私は行く!慎吾は逃げて!」  話を聞いた慎吾は、私の手を引いて走る。その方向は、理科室だ。 「慎吾は逃げて!」 「……危ないことはするなと言ったよな!さっそく、破るなよ!だから、俺が側にいる!」 「でも……」 「言っておくけど、火が消えなかったら、先生と『みあちゃん』という子と逃げるぞ!」 「うん!」  慌てて理科室に戻る。  すると、火は燃え広がっていた。明らかに火の回りが早かった。 「先生!先生は!」  私は、先生探そうと中に入ろうとしてしまう。 「待て!大丈夫!先生は逃げたんだよ!だから、まずは火を消さないと!」 「……あ。みやちゃん、お願い」 『うん!香澄ちゃん、手を前に出して』 「……こう?」  私はおそるおそる、火の前に手を出す。 『「火を消したい」そう強く念じて』 「うん!」  ……お願いします。火を消して下さい。先生を助けたい!学校の火事を止めたい!火をつけてしまった幽霊の子に大丈夫だと話したい。だから、お願いします。  すると、手のひらから光る水が出てきた。どうやっても消えなかった火が消えていく。 『やった!この調子で消していこう!』 「うん!」  こうして、ミヤちゃんの魔法で火は消えた。 「……先生……、先生!」  私と慎吾は、火が消えた理科室に入り、先生を探す。  すると、先生は壁にもたれて座っていた。 「先生!」  私たちは倒れている先生の元に駆け寄る。 「先生!先生!」  呼びかけても返事はなかった。 「他の先生、呼んでくるから!」  慎吾は慌てて、他の先生に助けを求めに行った。 「先生、死んじゃったの!先生!ごめんなさい!私のせいで!」  あの炎の中に先生はいた。助かるわけない。  私は先生に抱きつき、泣いた。  すると、他の先生や救急隊員の人が来てくれて先生は病院に運ばれて行った。 「先生……、先生……。うわあああん」  泣いている私を、慎吾はそっと抱きしめてくれる。 「……香澄、先生大丈夫だよ。眠っているだけじゃないかな?」 「え?」 「よく見ろよ。理科室は燃えて黒くなっているのに、先生だけはいつも通り。おかしいだろう」 「……あ、もしかして……」  私は泣くのを止め、耳を()ます。すると、先生がいた場所から小さな泣き声がした。 『……ごめんなさい……。ごめんなさい……』  あまりにも、小さなすすり泣く声だった。  私の手には、なぜか化粧ポーチがあった。  ……教室に置いてあったはずなのに。  ふしぎに思いながら、ポーチの中身を開け、涙を拭いて、魔法のアイシャドウをまぶたに塗る。  すると、みやちゃんと、小さくなって泣いている女の子の幽霊がいた。  慎吾の顔を見ると、小さく頷いた。行ってあげるように、言ってくれているのだと分かった。  私は、その女の子の幽霊に近づく。 「大丈夫?」 『ひぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!』 「少し話をしようよ」 『ごめんなさい!ごめんなさい!学校を火事にするつもりなんてなかったの!先生を危ない目に遭わせる気なんて!』 「分かってるよ。分かってるから」  女の子の幽霊は、ずっと泣いている。仲間の、みやちゃんの優しい声も聞けないぐらい、パニックになっているのだろう。  私は、幽霊の女の子に触れようとするけど触れられない。  相手はやはり、幽霊だと改めて感じる。 「……あ!だから!」  私は、化粧ポーチを探る。それはピンクのマニキュアだった。  指に塗ると、女の子の幽霊に触れることができた。 「大丈夫……、大丈夫だから……」  私は、女の子の幽霊を抱きしめた。さっき、慎吾にしてもらったみたいに。  こうゆう時は誰かに、手を握りしめてもらったり、抱きしめてもらうと気持ちが落ち着くから。 「うわあああん」  女の子の幽霊は泣いている。自分のせいで、誰かの命を奪うかもしれない。さっき、私も思ったから、この苦しさは分かるんだ。  女の子の体は冷たく、温もりが一切なかった。  今、ようやく実感する。幽霊たちは、みんな死んでいるのだと。 『香澄ちゃん……、あとお願いして良い?』  みやちゃんは、そう話す。 「うん、話しさせて欲しいな」 『ありがとう』  そう言い、みやちゃんは消えていく。 『私は地獄に堕ちないといけないよ!悪いことしたんだから!』 「あなたは悪くないよ。どうして火を消して欲しくなかったの?」 『と、(とむら)って欲しいから……』  (とむら)い……、確か亡くなった霊に、手を合わせることだと聞いたことがあった。 「……さみしいの?」  私はそう思い、聞いた。 『……うん、さみしい。みんなと一緒にいられるのは嬉しいけど、さみしいの。私たちのこと、みんな少しずつ忘れていく。だから、壊したんだよね?大事なものだったのに』 「私たちは、一体何を壊したの?」 『……あ。ごめんなさい……』 「言えないの……?」 『うん』 「ごめんなさい、私たちがあなたたちの大切なものを壊したから怒っている。それに、さみしいんだよね?」 『うん。……でもね、先生は私の側にいてくれたの』 『先生が?』 『私、(とむら)って欲しくてろうそくの火に魔法をかけたの。消えないように。そしたら、間違えてひっくり返してしまったの。そしたらノートに燃え広がってしまって。大きな火を見たら、あの日を思い出してしまって、怖くなって魔法が使えなくなったの!それで、震えて泣いていたら、先生が私を見つけてくれて、逃がそうとしてくれたの』 「先生……」 『先生は、普段は幽霊が見えないみたいだけど、今日みたいな緊急の時は幽霊が見えるみたいだね。おそらく、わずかに霊感がある人なんだと思う。初めは、私を『見知らぬ児童』と間違えていたけど、体に触れられないから幽霊だって気づいたみたい。火を消して欲しいと頼んできて、『無理』だと話したら、一緒に逃げようだって。私のせいだって分かっているのに、私を逃がそうとしてくれて……』  幽霊の女の子は泣いていた。 「……だから、先生を守ってくれたんだ」 『当たり前だよ!あの火事は、私のせいだったんだから!私を逃がそうとして、逃げ遅れたんだから!でも、私怖くて魔法をしっかり使えていたか分からないの!』 「先生に会いに行こう」 『でも……!』 「今は治療を受けていると思うから、落ち着いたころに……」  私たちが話していると、慎吾が来た。 「香澄、火事のことで話が聞きたいって、警察の人が……」 「あ、うん。そうだよね。ごめんね、後で来るからね」 『大丈夫……?怒られるよね?私のせいだって、言わないと……』  私は思わず笑う。 「幽霊のせいだって言ったら、余計に怒られるよ!大丈夫!」  そう言って、警察の人のところに行く。  それから、警察の人に話を聞かれた。  けど、当然幽霊が関わっているなんて思われるはずもなく、ろうそくを固定していた道具が壊れて倒れ、ノートに引火して燃えた事故とされた。  そして、病院に運ばれた先生は、煙を吸ってしまったから入院が必要とされたけど、やけどはなく命に別状はないとのことだった。 「よかったよー!」  私は安心し、また大声で泣く。  そんな私に、慎吾は優しく手を握ってくれていた。  それから下校指示が出て、児童は保護者の迎えで帰ることになった。 「後で迎えに行くからね……」  私は、先生の無事を聞いて泣いている女の子の幽霊に話しかける。  その後、私と慎吾は学校に戻り、あの女の子の幽霊と共に先生が入院している病院に行った。  本当は、まだお見舞いに行ったらだめらしい。  けど、私があまりにも泣いていたから、先生の無事な姿を見て安心した方が良いと、特別に許可してくれたらしい。  病室前に着くけど、私はためらってしまう。  すると、慎吾がノックしてくれた。 「はい」 「し、失礼します」  私たちは病室に入る。 「慎吾、香澄。驚かして悪かったな」  先生はいつも通り笑って話してくれる。 「うわあああん」  私は先生に抱きつく。 「……怖い思いさせてごめんな……」 「先生ごめんなさい!私のせいで!」 「香澄のせいじゃない。指導していた先生が悪いんだ」 「ちがうよ!私が!なかなか火を消さなかったから!」 「ちがう。事故だった。香澄は悪くない」  先生はそう言い、私を優しく抱きしめてくれていた。 「……慎吾、香澄のそばにいてやってくれ。今、先生の顔を見るのは辛いだろうから……」 「はい」 「悪いな。慎吾も火事の現場を見て怖かったのに……」 「いえ、大丈夫です。先生、無事で本当に良かった……」  「ありがとうな」  慎吾は私の手を引き、病室から出す。  私は、まだ涙が止まらず泣き続けていた。 「……ごめんね、泣くつもりなかったのに……」 「先生、無事で本当に良かったな」 「うん……」  しばらく泣き、私にはやらなければならないことがあったと思い直す。  涙を拭き、あの幽霊の女の子に話しかけた。
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