9話 魔法のチークと甘酸っぱい恋の三角関係(1)

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9話 魔法のチークと甘酸っぱい恋の三角関係(1)

 1945年8月9日11時2分。原子爆弾により、美しい長崎の町が一瞬で消えた。  その瞬間、すさまじい爆風と火災が起き、建物は壊れ火事が起きた。  多くの人々が亡くなり、命が助かっても後遺症と呼ばれる苦しみを抱えている人もいるらしい。  そして、私たちが通う第一小学校は落下地点に近く、全壊全焼したらしい。  八月だったから、学校は夏休み。  疎外と言って、田舎に子供を逃す制度によって、助かった子供たちもいたらしい。  だけど、子供の犠牲者も多く、夏休みだったけど学校に来ていた子供もいたらしい。  ……やすこちゃんは、あの日、燃えさかる学校を見た。何を思いながら亡くなったのだろうか……?  私は読んでいた、「長崎の原子爆弾の歴史」の本をそっと棚に戻す。 「出ようか」 「うん……」  私と慎吾は、学校の図書館から出て教室に向かう。  私は、幽霊の一人のやすこちゃんが、戦争で亡くなった可能性があると慎吾に話した。  やすこちゃんの最期を思うと、一人で抱えるには、辛すぎた。  二人が着ている、あの変わった甚平のような服は、戦時中に着ていた服。ミヤちゃんも、あの時代を生きた人だったのだろう……。 『消さないで!これは(とむら)いの火なんだから!』  私は、やすこちゃんの叫びを思い出し、苦しくなった。  あの火事から一週間が過ぎた。先生は大丈夫だって言っていたけど、まだ入院している。  昼休み中に、こっそり図書館に行ったら慎吾が付いてきてくれた。今、泣かずに済んでいるのは、慎吾のおかげだ。 「……慎吾。ありがとう」 「別に……。ん?なんだ?このキラキラしたやつは?」  慎吾はわざとらしく話を変え、私の頬を指差す。 「あ、やば、分かる!薄く塗っても分かるんだ!」 「化粧?あー、校則違反だな!」  慎吾はからかうように笑う。 「だって、効果を試してみたくてー!」 「冗談だ。それで効果は?」 「今のところ、ないかな?」 「うーん、もしかして魔法は必要な時にしか効果ないのかもな?」 「あ!確かに!」 「だから、二人に手伝いを頼むのも、こないだの火事のような、本当に必要な時じゃないと頼めないのかもしれない」 「うん、そうだね。できるだけ、自分で解決しないとね!」 「だから、一人で危ないことするなって言ってるだろう!俺もいるんだから!」 「うん、ありがとう……。ねえ、慎吾、この幽霊騒動が終わっても……」  私が、話そうとすると、私たちの教室から大きな声が聞こえてきた。 「香澄が悪いって言うの!」 「だって、なかなか火を消さなかったから火事が起きた!私は悪くないもん!」  話の内容から、一週間前に起きた理科室で起きた火事のことらしい。  分かっている、私が火を消さなかったから火事は起きた。 「でも、『火を消すまで物は持ってこないように』と先生に言われていたじゃない!それなのに持ってきた、姫乃ちゃんも悪いよ!」 「だって、香澄ちゃんが遅いからじゃない!だいたい、いつも遅いしウジウジして何も言わないし!だから……!」  バン!  慎吾が教室に音を立てて入る。 「もういいだろう!先生は助かったんだし、他にケガ人は出なかったんだから!だれも悪くない!事故だったんだから!」 「……慎吾くん」  姫乃ちゃんはバツが悪そうな表情をする。  好きな人に、そうゆう姿を見られたら、嫌だよね。  だから引っ込みがつかなくなったのか、私の元に来る。 「香澄ちゃんが悪いんだからね!慎吾くんに迷惑ばかりかけてるし、こないだも一人遅かったからみんな迷惑だったんだから!だから、時間なくてノートを持って来たの!だから、私は悪くない!」 「……ごめんなさい……」  私は泣いてしまう。 「ほら、泣けばいいと思ってる!みんな、香澄ちゃんが悪かったんだからね!」  そうだ、私が悪いんだ……。私が遅いからみんなに迷惑かけている。私が……。 (どうしよう。言いすぎた……。泣かせちゃった、どうしよう!)  ……え?  ふしぎなことが起きた。怒っている姫乃ちゃんの声と、困っている姫乃ちゃんの声が同時に聞こえる。  どうゆうこと?姫乃ちゃんが二人いる? (でも、香澄ちゃんのせいにしないと、私が悪くなる。だから……)  私は姫乃ちゃんの顔を見ようとした、その時。  バタン!  目の前にいた姫乃ちゃんが、突然倒れた。 「ひ、姫乃ちゃん!」  私と慎吾は膝をついて、倒れた姫乃ちゃんの体を揺らす。  それを見ていたクラスの子は、先生を呼びに行こうとする。  バシン!  しかし、二つある教室のドアがいきなり閉まってしまった。 「え!勝手に閉まった!どうなってるんだ!」  数人のクラスの子たちが、必死にドアを開けようとするけど開かない。  すると、倒れていた姫乃ちゃんが起き上がる。 「姫乃ちゃん!大丈夫!」  起き上がった姫乃ちゃんは、いつものかわいい顔ではなく、怖い目をしていた。 「姫乃ちゃん……?」 『争うな……。争いは悪……』  声までいつもと違う。  私は違和感の理由に気づく。  ── 憑依(ひょうい)だ!幽霊が姫乃ちゃんに憑依してしまったんだ。  慎吾も気づいたようで、私を見る。  でも、周りを見ると、みんな動いているし、時間は動いているみたい。  だから魔法のコスメも使えないし、みやちゃんや、やすこちゃんに話しかけることもできない。……様子を見るしかなかった。 「争いは悪?姫乃ちゃん、何言ってるの?」  普段言わないことに、みんな驚いている。 『争いは悪だと言っている。争うから、皆がおかしくなる!』 (争えば戦争が起こる。争いが憎い!)  やっぱり聞こえる、もう一つの声。男の子?でも、初めに会った子じゃない!  もしかして二つの声が聞こえるのは、『魔法のチーク』のおかげ?  私は、頬に薄く塗ったチークに触れる。  昨日、星の精霊さんから貰った、『魔法のチーク』は人や霊の心を読める力があったんだ。 『だれが悪い?だれのせいで争いが起きた!そいつがいなくなればいい!』  その言葉に、クラス中が騒ぎになる。  開かないドア。急に倒れた姫乃ちゃんが、起き上がると話し方や表情が変わっている。  そして、「悪いやつがいなくなれば良い」と言っている。  クラスのみんな、異常なことが起きていると分かっているようだった。 「そんなの、姫乃が悪いだろう!」 「姫乃ちゃんが、香澄を悪く言っていた!」  クラスの子はみんな姫乃ちゃんが悪いと言う。でも、もう一つの言葉も聞こえてくる。 (怖い……、姫乃ちゃんのせいにしよう) (私のせいになる。姫乃ちゃん、ごめん……)  やっぱり、みんな怖いんだ。 『じゃあ、この子がいなくなったらいいんだね?』  姫乃ちゃんに憑依している幽霊は言った。  ねえ、姫乃ちゃんに何をする気! 「待って!姫乃ちゃんはおもしろがって、私が悪いなんて言ってないと思う!そうしないと姫乃ちゃんが悪くなるから、仕方がなく私のせいにしていたんだよ!だから、姫乃ちゃんは悪くないよ!」  私は必死に幽霊に説明した。 「あ、うん!男子たちに『姫乃が悪い』って言われていた!だから香澄ちゃんが悪いと言って自分を守ろうとしていたんだよ!……姫乃は助けて!本当はいい子なの!優しい子なの!お願い!」  姫乃ちゃんの友だちは、泣きながら話していた。怖くて、何も言えなかったみたいだけど、勇気を出して話していた。 『……そっか。分かった』  姫乃ちゃんに憑依している幽霊は納得しているようだった。  みんなが、その姿に安心すると、次は別のことを言い始めた。 『……じゃあ、姫乃ちゃんを悪く言った男子がいなくなったら良いんだね?』 「え!」  その言葉に、男の子たちが、開かないドアの方に走りドアを開けようとする。  でも、やはりドアは開かなかった。  そんな男の子たちに、姫乃ちゃんに憑依した幽霊は近づいてくる。 「ちがう!姫乃が悪い!あいつが先生の言うこと聞かずに、ノートを持ってきたから!」 「そうだ!まだろうそくの火はついていた!約束破ったから悪いんだ!」 (……そうしないと俺たちのせいになる) (頼む、だれも俺たちのこと言わないでくれ!)  やっぱり、二人も自分たちのせいになるのが怖いんだ。 『こうやって、姫乃ちゃんのせいだって言っていたよね?君たちが、争いの根源?』 「ちがう!俺たちはただ……!」 「待って!姫乃ちゃんと同じで、おもしろがって言っていたんじゃないよ!あの場にいたから、二人のせいになるかもしれないよね?だから姫乃ちゃんのせいにしたんだよ!」  私は必死に間に入る。 「……ああ!ろ、ろうそくの火を消すまで動いたらいけないと言われていたのに、イスを動かしてしまったから!振動のせいで、ろうそくが倒れたかもしれないなんて知られたら、クラスのやつらに俺たちのせいだと言われると思ったから!」 「……だから、姫乃のせいにしようとしたんだよ!」  男の子たちも泣き出す。  二人はこないだの実験で同じ班だった。イスを動かしていたなんて知らなかった。  二人は二人で、苦しんでいたんだろうな。 『じゃあ、だれのせい?』 「悪いのは私だよ!すぐに火を消さなかった私が悪い!遅くてウジウジしている私が悪いの!」 『ふうん、そっか。そうだね、姫乃ちゃんを、ああさせているのは香澄ちゃんのせいだもんね?君がいなくなった、争いがなくなる』 「……そうだよ。私が鈍臭いから……。だから嫌われているの」 『じゃあ、香澄ちゃんにいなくなってもらおう』 「うん……」  私は目を閉じる。 「待て!」  慎吾が私と、姫乃ちゃんに憑いている幽霊との間に入る。 「待て!俺が悪いんだ!」 『どうして君が?』 「姫乃ちゃんが香澄に強く当たるのは、俺のせいなんだ!」 『だから、どうして君が?』 「姫乃ちゃんが俺をす、好きだから……」  え!慎吾、知っていたの? 『ふうん、どうしてそれが香澄ちゃんに強く当たる理由になるの?』 「わ、分かるだろう!俺がいなくなったら、香澄は何も言われないし、姫乃ちゃんもひどいことしなくなる!」 『え?分からないよ?』  姫乃ちゃんに取り憑いた幽霊は首を傾げる。 「だ、だから、俺が……!俺が香澄を……!」  慎吾の声は、震えていた。
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