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第480話 あやしいもや
食事を終えて食堂を出てくると、ふとサキとメチルの二人が立ち止まる。
「どうしたのかしら、サキ様」
アンマリアが問い掛けると、サキはメチルと話をし始める。
「この気配、間違いないですね」
「そのようですね。呪具の気配です」
そういうと、二人揃って走り始めてしまった。
「あっ、待ちなさい」
すぐさま後を追いかけるアンマリア。ミズーナ王女とエスカもその後を追う。
本当に突然のことだったので、ミズーナ王女たちは何が何だか分からなかった。
しかし、サキもメチルも聖女である。その聖女が何かを感じたのだから、よからぬ事があるのだろうなという予感だけはあった。
いろいろな事を考えつつも、ミズーナ王女たちはサキとメチルの後を追いかけたのだった。
二人がやって来たのは、以前魔王と一緒に呪具を回収しに来た場所だった。
「あれ、ここって……」
「ええ、呪具が隠されていた場所ね」
ミズーナ王女が呟けば、エスカがすぐに反応している。
目の前にはあの当時のまま崩れた小屋が放置されていた。合宿の直後だったから、あれから三か月はこの状態のままだったということになる。
……いくらなんでも不可解な状況だった。
ここは平民街とはいえ、貴族の住む区画とはかなり近い場所だからだ。そんな場所だというのに、小屋が崩れたままで放置されているというのは何ともおかしな状況なのである。
「ここはどうも魔力の干渉が起きているみたいですよ。なんとも気持ち悪いわね……」
思わず口を手で押さえてしまうアンマリア。ミズーナ王女もどうやら同じような感覚を覚えたのか、アンマリアと同じ行動を取っている。
「ど、どうしたのよ、二人とも」
エスカが心配そうに声を掛けている。
「光属性を持っているから、この状況に耐え切れないのよ。平気なのは持ってない上に闇属性を持ってる人くらいよ、エスカ」
「アルー」
メチルの上から飛び出てきたアルーが冷静に話している。
「ここにはどうも呪具の魔力と怨念が融合した面倒な存在が眠っているみたいよ。まったく、こうなるまで気づけなかったなんて……」
悔しがるアルーである。
「今は悔しがっている場合じゃないですよ。このまま放っておくと、この空間がどんどんと広がっていって、いずれは王都を飲み込んでしまいます。まったく、この呪具の持ち主は相当に心の歪んだ人だったんですね」
メチルが腹を立てながら話をしている。
聖女としてはこれだけ強い邪気というものを放っておけないようなのだ。それゆえに、普段は温厚なサキとメチルが険しい表情をしているのである。
メチルたちが近付くと、崩れた小屋から黒いもやが浮かび上がってくる。
「おおん、おお~ん……」
黒いもやは泣くような声を上げて揺らめいている。
「最近、この辺りを通った人たちが眠っていたり、記憶がなくなっていたりしたのはあなたのせいですか」
「そんな事があったの?」
「最近、巡回の兵士から話が出てきたので、慌てて聞き取りをしてようやく分かった事ですよ。記憶を失っているから誰からも証言が出てこなかったので分からなかったのです」
どうにか調子を取り戻して、もやを睨みながら話すアンマリア。これにはエスカたちは驚いていた。さすがはフィレン王子の婚約者だけあって仕入れらえる情報が違うというものだ。
ミズーナ王女たちがもやを前にして様子を見ていると、どうやらもやの様子がおかしくなってくる。
「おおん。せいじょども、うらまで、おくべきか……」
こもったような声なので聞き取りが少々しづらかったが、はっきりと聖女に対する恨み節を呟いているようだ。
「もしかして、二年前の食堂の一件の犯人って、この怨念の持ち主なのかしらね」
「だとしても、自分勝手で騒ぎを起こしていたんです。同情の余地など最初からありませんよ」
アンマリアがぽつりと呟くと、サキに即刻否定されていた。そして、サキがメチルの方を見ると、メチルは黙って頷いていた。聖女同士、何か通じ合うものがあったのだろう。
「アンマリア様とミズーナ王女殿下もよろしくお願いします。私たちが力を合わせれば、このもやを浄化できるはずですから」
「分かりました」
サキの呼び掛けに、アンマリアとミズーナ王女がすぐに応じる。
「ちょっと待って、私は何をすればいいの?」
「申し訳ないのですが、エスカ王女殿下はそこで見張りをお願いします。光魔法がないと浄化はできませんから」
「ですよねー……」
予想できた返答に、エスカは苦笑いである。
「とはいえ、本当に何もしないのは癪に障るわ。闇魔法ならではの協力をしようじゃないのよ」
エスカは肩幅に足を開いて魔法を使う準備をする。
「浄化を行うとなると、大きな光が発生するものね。周りから見られるのは間違いないし、そんな事があれば大騒ぎだもの。となれば、私がやることは自然と決まるわ」
手に魔力を集中させるエスカ。強い闇の魔力が両手に集まっていく。
「おおん、おお~~んっ!」
ところが、困ったことにその魔力にもやが激しく反応している。
「あっ、こら。待ちなさい」
小屋から生えていたもやは、いきなりエスカを目がけて突進を始めたのだった。
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