第486話 無敗の王者は手加減しない

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第486話 無敗の王者は手加減しない

「さて、卒業してから一年になるけど、今年の学生たちはどんな感じかな」  武術型の学生たちの前に姿を見せるサクラ。今回の試験におけるサクラの格好は、どういうわけか女子の制服そのものだった。  貴族令嬢の着る服だけあって、それなりにひらひらとした服であり、かかとも高いブーツを履いている。見るからに動きにくそうな服装だった。 「さて、こんな格好だからと甘くて見もらっては困りますね。私はなにせ、バッサーシ辺境伯家ですからね」  どんと構えるサクラに、学生たちが思わず怯む。  さすがサクラ・バッサーシ。その微笑みひとつで万人を怯えさせてしまうのである。  なんともいえない緊張感に包まれた中、武術型の実技試験が始まったのである。  武術型の実技試験は教官との模擬戦闘だ。普通なら複数人の教官が担当するのだが、なんと今回はサクラ一人のみ。たくさんいる学生を一人で相手するとか、はっきり言って正気ではない話である。  だが、サクラは実際に一人で実技試験でこなしていく。しかも涼しい顔でだ。あくまでも試験であるがために、サクラは学生からの攻撃を受けた上で反撃する。それを淡々と繰り返しているのだから相当のものだった。 「まったく、誰もかれも攻撃が甘い。その上反撃に弱いときたものです。こんな事では実戦では何の役にも立ちませんよ」  厳しい言葉が飛ぶ。さすがはバッサーシ辺境伯の一族で見習いとはいえ現役騎士だ。剣術大会三年連続優勝の実力は、まったくもって疑いの余地のない事実なのである。 「さて、次は誰でしょうか?」  あまりに圧倒的な力を見せるサクラに、学生たちがどんどんとやる気をなくしているようだ。 「出てこないのなら、受けていない全員を赤点にするしかなくなりますよ。さあ、次はどなたですか?」  赤点という言葉に体を震わせる学生たちである。赤点は嫌なのだが、だからといってサクラと戦えるといったらノーである。それくらいに、サクラの実力は圧倒的なのだった。 「では、僕がいかせてもらいます」 「あなたはアンマリア様のいとこですね。知り合いの身内だからといって、手加減はしませんよ」 「望むところです」  タミールが前へと歩み出ていく。そして、サクラと相対すると木剣を構えた。 「他の方と同じように、最初はそちらから一方的に攻撃して下さい。ひと通りの攻撃が終わると反撃しますので、対処して下さいね」 「はい!」  他の学生たちにもした説明を繰り返すサクラ。タミールは元気よく返事をしている。  両者が構えると、サクラが合図を送る。それをもってタミールはサクラへと斬りかかっていく。  右斜め、左斜め、薙ぎ払い。  タミールの放ったその攻撃は、あえなくサクラに受け止められてしまう。これには分かっていたとして驚くしかないタミール。 「さすがはアンマリア様のいとこ。なかなかな剣の腕です。ですが!」  その瞬間、サクラの剣があっという間にタミールの首元に寸止めされる。あまりにも速い剣筋だった。 「うっ……」  剣を目で追う事もできず、タミールの試験はこれで終わりとなってしまった。アンマリアのいとこ相手でもまったく手加減がなかったサクラなのである。 「さあ、次はどなたですか?」  とぼとぼと戻るタミールを見送ったサクラが声を上げると、今度はレッタス王子が動いた。 「私が行こう」 「ミズーナ王女殿下のお兄様でいらっしゃいますか。これは少し楽しめそうですね」  レッタス王子が出てくると、サクラはそんな言葉を喋っている。なんだか目的が変わってきていないだろうか。  それはともかくとして、実技試験のために二人は向かい合う。サクラが合図を行えば、今までと同じようにサクラは相手に攻撃を一方的に受けることとなる。  レッタス王子の攻撃も、サクラは実に涼しい顔で淡々と捌いている。しかし、タミールの時よりは少し力が入っているように見える。 「ふむ、少し力が入っていませんでしょうか。衝撃が来るので攻撃が重いのですが、力が入っているせいか少し動きが悪いですね」  しっかりと分析されてしまうレッタス王子である。さすがは脳筋系のサクラ。戦いのこととなるとずいぶんと頭が回るようである。 「攻撃は十分見ましたから、今度は防御側ですね。お相手は王族ですので、わざわざ宣告させて頂きますよ」  だが、サクラはそういうと同時に剣を振りかざす。 「くっ!」  カンという乾いた音が響き渡る。どうやら、レッタス王子が一撃防いだようである。  だが、次の瞬間、脇腹に剣を当てられそうな状態になっており、周りにいた誰もが何が起きたのか分からなかった。武術型の教官たちですら、ミスミ・バッサーシ教官を除いて誰も目で追えなかったのである。 「は、速すぎる……」  振り下ろしから薙ぎ払いまでに要した時間はほんの一瞬だ。あまりの剣速に、レッタス王子は冷や汗を流しながら固まることしかできなかった。 「目で追えていたようなので、なかなかなやり手という評価が下せますね。ですが、まだまだです」  にこやかなサクラではあるものの、もう学生たちは青ざめるばかりである。こんな状況で無事に実技試験が終われるのか、教官たちはずっと心配した様子で見守っているのであった。
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