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第491話 せめて最後まで
ファッティ家が大騒ぎをしている頃、城ではミズーナ王女がベジタリウス王妃と話をしていた。
「さて、ミズーナ」
「なんでしょうか、お母様」
優しい笑顔で話し掛けてくるベジタリウス王妃に、ミズーナ王女は戦々恐々と身構えている。
「どうでしたかね、サーロイン王国における三年間は」
こう言いながらにこりと微笑む王妃。その王妃の顔に思わず表情を強張らせるミズーナ王女である。
「割と楽しかったですよ。大体エスカのせいで」
王妃から視線を逸らしながら答えるミズーナ王女。その姿に、メチルは思わず苦笑いをしていた。
だが、王妃はこれといって怒るような様子は見せなかった。娘が満足しているので、それなりに納得がいっているようなのだ。
「あなたたちはこっちに送り込んで正解でしたね。我が国の問題がいろいろと浮かび上がって、それがすべて解決してしまったのですからね。結果論ですけれども」
「そうですね、お母様」
王妃の言葉にこくりと頷くミズーナ王女。
確かにそうなのだ。ベジタリウス王国内には知らない間にいろいろな問題が起きていたことが、ミズーナ王女の留学の間にサーロイン王国内で発覚したのだから。嬉しい誤算といったところだろうか。こと諜報部の暴走は国家間の問題になりかねなかったので、どれだけ肝を冷やした事だろうか。今思い出しても震えてしまう。
しかし、本来の目的はまったく果たせていないために、どちらかといえば複雑な王妃なのであった。
「レッタスは仕方とないとしても、ミズーナの嫁ぎ先を見つけられなかったのは困りましたわね」
頬に手を当てながらため息を吐く王妃。
「でも、私みたいな全属性の魔法を扱える人間を他国に嫁がせるのは損失じゃありません?」
「それもそうね」
ミズーナ王女が必死に訴えると、王妃もすんなりと納得していた。
「でも、あなただって聖女と判明したメチルとミール王国に嫁がせようと必死じゃないの。人のことを言えたものじゃないのではないのかしら」
「ぎくっ」
王妃の指摘に再び視線を外そうとするミズーナ王女。
「ダメですよ、ミズーナ王女殿下。ちゃんと目を合わせて下さい」
そこへすかさずやって来て顔を押さえてミズーナ王女の視線を固定するメチル。行動が早い。
「ちょっとメチル?」
「ミズーナ王女殿下。いい加減に自分の問題を直視して下さい。私にミール王国へ嫁ぐのを無理強いするならなおさらです」
「うっぐぅ……」
正論でぶっ刺されるミズーナ王女。抵抗を諦めておとなしく王妃の方へと向き直った。
王族たる者、血をつなぐ役割を求められるのだから仕方がない。さすがに独身貴族は許されない風潮なのだ、諦めるしかなかった。
「というわけです、ミズーナ。卒業したらすぐに国に戻って婚約者探しをしますわよ」
「しょ、承知致しましたわ、お母様……」
本気で凹むミズーナ王女であった。
「私は手伝えませんので、頑張って下さいね、ミズーナ王女殿下」
エスカと一緒にミール王国に向かうために、メチルは余裕の表情でミズーナ王女に声を掛けていた。無理やりの婚約とはいえども、一応勝ち組だから仕方がない。
ミズーナ王女も自分が推し進めた事だからと、メチルの態度に文句のひとつも言えなかったのだった。
残る学園でのイベントは卒業式パーティーのみ。これを終えればミズーナ王女は王妃とともにベジタリウス王国に戻ることになる。そうなれば、サーロイン王国に来ることはほとんどなくなるだろう。
「はあ、そろそろサーロイン王国の見納めかぁ……」
「そうですね。ちょっと寂しくなりますね」
窓際に座って外を眺めるミズーナ王女。メチルも転生者としてミズーナ王女の気持ちが分からなくはないので、素直に同意していた。
外はしんしんと雪が降り続いている。今の季節は冬なので仕方のない話だ。
「乙女ゲームの時間軸が終わるとはいえ、いつまでもしんみりしてられないわね。その後のことは本気で考えないと……」
窓ガラスにこつんと額を当てて考え込むミズーナ王女。
「ああ、それ以上はお体を冷やしますよ」
外は雪が降るほどに寒いのだから、メチルは慌ててミズーナ王女を窓から引き離していた。
「それにしても、自分の転生に気が付いてからというもの、時が経つのは早いですね」
「まったくですね。お話を聞く限りは、私が一番遅かったみたいですけれど」
笑いながら話をするミズーナ王女とメチル。
最も早く記憶を取り戻したのは、8歳の誕生を前に思い出したアンマリアだ。エスカとミズーナ王女も年齢自体はほぼ同じ頃であるので、アンマリアより1年ほど遅れてということになる。メチルにいたっては2年前だ。
「でも、この短時間でも濃い生活でしたよ……」
「まぁそうね。魔族や魔王との決戦だけならまだしも、その後始末まで含めればいろいろありすぎだったわね」
うんざりしたようなメチルに対して、眉をひそめながら笑うミズーナ王女である。
「もう一週間もすると、ひとつの区切りを迎えるのね」
「はい、そうですね……」
間近に迫った学園の卒業パーティーを前に、ついつい感傷的になってしまう。
「やめやめ、しんみりするのは趣味じゃないわ」
首を振って気持ちを切り替えるミズーナ王女。
そして、せめてながらエンディングは笑顔で迎えようと、心に強く誓うのだった。
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