いってきます

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いってきます

  柊花の初の主演映画は、なんとサブキャラで私も出演!?   しかも本番まで台本がなくて、いきなり一発撮りって、嘘でしょ!?   そんなの私、無理だよぉぉ! 「初寧〜。朝ー。起きてー」 下の階からしつこく名前を呼ばれて、目が覚めた。 寝起きの脳で、さっきまで持ってたはずの台本に目を落とす。 だけど、手に掴んでるのは放り出されたらしい豚ちゃん抱き枕の尻尾だけ。 ……なんか私、とんでもへんてこな夢見てたな? ずっと鳴り響いていたらしい目覚ましを止めて、ベッドから引きずり降りる。 昨日まで夏休みで、夜更かししがちだったからなぁ……。 眠いし寝起きで頭痛い、体もダルいけど。 体が勝手に動いて制服を手に取る。 「早く朝ご飯食べなさい。パパが準備してくれてるから」 ママが、リビングでスマホの天気予報を確認しながらスクランブルエッグを食べてる。 朝のリビングにママがいる光景、まだ慣れないなぁ。 椅子に座って、あくびを噛み殺す。 「仕事順調なの?」 「順調順調。もう新しく入社して二ヶ月だもん。やっと上司に褒められるようになってきた」 嬉しそうにコーヒーを飲むママは、前よりずっと若く見えるぐらい調子が良い。 「それは良かった」 「初寧は?夏休み中、勉強頑張ってたけど。あの子のおかげ?あの女優さん……本名、村下柊花ちゃんだっけ」 「村『瀬』、柊花ね。世間で芸名の名前が売れすぎて、最近本人も村瀬って苗字忘れかけてるよ」 高2になった時……、七月に入って芸能活動完全復帰した時から、柊花はドラマやら映画やら引っ張りだこ。 夏休み直前は、遅刻早退も多くて一週間に何回ちゃんと学校来れた?ってぐらい忙しそうだった。 このままだと、私みたいに出席数で留年してしまうんじゃないかと思うぐらい。 でも、さすがは成績学年二位の村瀬柊花。なんとか両立して過ごしている。 そんな柊花の頑張りに感化されて、この夏は私も勉強を頑張った。 足りなかった高1の全教科の復習を終え、高2の遅れをとった内容も、多分ばっちり! それに、部活動にも入部したんだ。(リマちゃんに激推しされて、一緒に美術部へ) 去年できなかった分の青春を一気に取り戻したみたいな、慌ただしすぎる毎日。 だけど……それが、すごく楽しい。 「今日もまだ暑いねぇ。げ、30度だって。パパ、初寧の水筒に氷多く入れといて」 「了解〜。ママの分も多く入れとくね」 「ありがと、助かる」 コーヒーを飲み切ったママは、台所に皿を運びにいく。 「はい。初寧」 パパがお皿を運んでくれた。 「ありがとー」 トーストにスクランブルエッグ、温野菜のサラダ。 パパの料理、いつ食べても美味しいなぁ。 トーストをかじってたら、机の上のスマホが振動する。 通知を見たら、噂の柊花! 『おは!今日は多分、全授業出られる〜。帰り、どっか寄ってこ!』 メールの文からワクワクが伝わってきて、私は目を輝かせる。 『え、行く!楽しみ!』 今日の、学校に行くモチベができた! 私はワクワクしちゃって、トーストをかじるペースが早くなる。 「ごちそうさまっ」 「じゃあ、私行ってくるね。初寧、まだ暑いから熱中症気をつけるんだよー」 玄関から飛んでくるママの声。 「分かってる〜」 玄関に声を投げかけ、ジュースを一口飲む。 忘れてたけど、ママすっごく心配症なんだった。 私もお皿を片付けて、部屋に戻る。 そして、昨日完璧に仕上げた宿題と新調した筆箱をカバンに入れる。 ぴっちりカバンのチャックを閉めたら……。 これで、準備完璧だ! 歯磨きをして髪の毛を整え、夏休み中に柊花とお揃いで買ったヘアゴムで結ぶ。 柊花、今日これ付けてきてくれるかなぁ。 玄関に向かい、制服を鏡で確認して靴を履く。 ……このルーティーンも、もうすっかり体に慣れちゃった。 去年まで、全然学校に行かなかったのが嘘みたい。 今まで、この玄関から外に出る一歩がなかなか出なかった。 心が「行きたくない!」って叫ぶから、体も動かなかった。 だけど、今は一歩が軽い。それはきっと、学校に行くのが慣れたからだけじゃなくて。 学校に行ったら、楽しいってことが分かったからだ。 勉強も楽し……いや、九割は楽しくないけど。 友達と話したり、授業中に隣の席の柊花とコッソリ先生の似顔絵描いたり、放課後はリマちゃんと部活動に行ったり。 今は辛いって思う毎日も、振り返ってみれば案外そうじゃないかもしれない。 留年クラスで過ごしたあの時間も、既に楽しかった思い出になっている。 だとしたら、未来の自分が楽しかったって懐かしく思えることを信じて、私は学校に行くんだ。 「柊花、お弁当!」 パパが玄関に走ってきてお弁当を渡してくれる。 「あ、忘れてたっ。ありがと!」 それをありがたく貰い、私は革靴を履く。 久しぶりに履くローファーの感覚に、気が引き締められる。 ……今日から新学期。頑張ろう! 「じゃ、初寧。行ってらっしゃい」 微笑むパパの顔。 私は自分も笑顔になって、玄関のドアを開けた。 「———いってきます!」 おしまい
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