進級の春は、留年の春

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進級の春は、留年の春

「…………留年…………」 やらかした。 三学期の期末試験を終え、採点日で休みのはずの今日。 その今日に、学校に呼び出される時点で嫌な予感はしてた。 担任から渡された白いプリントに、でっかく赤い太文字で書かれてる、 『原級留置』の文字。 ……なにかの、間違いってことはない? 担任の顔を見ると、担任は微笑んでる目が線になってる。 「芹沢さん。だからおれ言ったじゃん。このまま学校休み続けると、留年なるよって」 そう。担任からは、何回……いや、何十回のレベルで言われてた。 「出席数が足りなくなるよ」 「あと休めるの数回だよ」 「……出席数!このままだと進級危ない!」 と。 私は、線の目の担任と微笑み合う。 「芹沢さん。もう一度聞くけど、具合が悪い訳じゃないんだよね?」 「はい。昨日も夜、ステーキ食べました」 「入院もしてないんだよね?」 「はい。っていうかこの数年、病院行ってません」 「……じゃあ、なんで学校来ないのっ⁉︎」 ヒートアップしてる担任の勢いに、身を引く。 なんで……って言われましても。 「めんどくさいから……ですかね?」 首を傾げて言うわたしに、担任は落胆しきってた肩をさらに落とした。 芹沢初寧(せりざわはつね)。三月の現在、高一。 この春から高二……に、なれないことが確定したのだった。 帰ったら、親にどう説明しよ……。 帰り道、さすがにちょっとはブルーな気持ちで歩く。 私、そんなに学校休んだっけ? 土日の連休と一緒に休めるように、金曜と月曜に休んだことは多かったけど。 ほら、あの同じ色のブロックが三、四個揃うと消せるアレみたいに! と、その調子で休むと既に一ヶ月で八回ほど休んでいることに気が付いた。 …………だって、ダルいじゃん学校行くの!! 毎日朝起きて駅に行って、通勤ラッシュの満員電車に乗って、学校に行くって……。 精神的にも体力的にも無理だ。 今日は担任から電話で「芹沢さん、重要な話があります。ぜっっったい来てください」って無駄に圧かけられたから来たけどさ。 この紙渡すだけなら、郵送とかでも良くなかった? 学校まで来た労力を労いながら、私は息をつく。 別に、学校自体が嫌いな訳じゃないんだ。 家の目の前に学校が建ってたら、一日に二回でも三回でも行ってあげるよ。 ……や、授業受けるのもダルいな。 五十分間も椅子にぼーっと座ってんの、地獄でしかない。 やっぱ、たとえ目の前に学校建ってても行かないかもなぁ。 ……ってそんなことよりも、親にどう説明するか考えないとだよ! 「パパー」 家に着いてすぐ、私は在宅勤務のパパに留年の紙をベラっと見せた。 「おかえり初寧……って、何これ?…………留年⁉︎」 リビングでパソコンを使ってたパパは、驚愕の声を上げる。 「どうしよぉ。ママに怒られるかな?ね、ママに内緒にできない?」 私は、顔の前で両手を合わせてパパに懇願。 「え、えぇ……。でも留年って……。言い訳できるかな……?」 「だいじょぶ!だっていつもママ、私が学校行く前に仕事行っちゃうじゃん?ほとんど学校行ってないのすら知らないから、だいじょーぶ!」 デーンと胸を張る私に、パパは、「うーん……」とまだ考えこんでる。 「なんかコレ、親と面談しなきゃいけないんだって。それ、パパが行ってよ。その場なんとか乗り切って、また適当に理由つけて休むからさ」 「えぇっ⁉︎また学校行かないのっ⁉︎留年したのにっ⁉︎」 パパは、驚きを通り越して顔が蒼白になってる。 いつもだったら、ここら辺で「しょうがないなぁ」ってなるのに、今日はなんか手強いな。 「なんでみんなさ、そんなに学校行かせようとするの?学校行く以外にも生き方はある!私の人生なんだし、自分の道は自分で開く!」 高らかに宣言する私に、パパは沈黙。 「……ま、まぁ、初寧がそう言うなら……」 押し負けたパパは、渋々ながらも頷いた。 「ありがとうパパッ!大好き!」 パパに抱きついた私は、ニコニコしちゃう。 どうせママはいつも仕事ばっかで、私のことなんて全く気にしてない。 その分、パパはいつも優しいし好きなようにさせてくれる。 留年なんて、別に大したことじゃなーいっ! ———って思ってたのは、大きな間違いだったみたい。 「……と言う訳で。初寧さん、結構やばいんですよね」 この担任、親の前でハッキリ「やばい」とか言ってるけど。先生こそやばくない? これまた担任から、に三者面談がしたいと連絡がきたから、翌日にすることになった三者面談。 二日連続で学校来たのなんて、何ヶ月ぶりだろ? 「これは……やばいですね……」 パパは担任から渡された紙を見下ろして、弱ったオバケみたいな声を出した。 ……パパまでやばいって言ってるけど、何がそんなにやばいの? 私は紙を一緒に覗き込む。これ、成績表? 『国語—1。数学—1。その他、理科社会英語—1』 ……わー。オール、1? いや、家庭科は2!体育は3だ! 家庭科は料理食べられるし、体育は体動かせるもんね! だけど、担任とパパは沈黙。 1を取ろう!と努力しないと取れないと言われてる1を全部とっちゃうあたり、我ながらちょっとすごいか……も。うん。 「初寧さん。きみ、出席数も単位数も足りないんだよ。うちの学校は赤点で退学になることはないけど、留年は三年目で退学なんだよ?」 「あ。じゃあ、あと一回は留年できますね」 まだ、あと一回留年のチャンスはある! 笑顔でそう言うと、担任は小声で「胃が痛い……」とボヤいた。 聞こえてますけど。 「あの……。ちょっと、娘と家で話し合います……」 パパは、なんだか背を丸めてボソボソと呟いた。 「是非とも、そうしてください……」 担任も、同じように小さくなって呟く。 そうして、一方的に担任からの成績の話とパパの一言で終わった三者面談。 教室から出た私たちは、廊下に向かって歩いた。 その間パパが何も言葉を発しないから、ちょっと心配になる。 「パパ……怒ってる?」 「ううん。怒ってないよ」 でも声の調子はいつものパパで、ちょっと安心する。 「だけど、初寧。やっぱり学校には行ってほしいな」 「え、なんで⁉︎」 誰もいない廊下で、私の大きな声が反響した。 パパは、私に向き直ってジッと私の顔を見る。 「……このままじゃ、初寧は退学させられて大学にも行けなくなっちゃうよ。ママは高卒だけど、大卒の社員よりも給料が少ないから、余計に頑張って働いてるでしょ?家族のために」 静かに話すパパの声に、私はくちびるを引き結ぶ。 …………ママは、好きで働いてるだけじゃん。 でも心の中で呟いた言葉は、声にせずに体の底に重く沈ませる。 「パパたちは、初寧の将来が心配なんだよ」 真剣に向き合われ、私は何も言えなくなってしまった。 ……わがままだけで、学校に行ってない訳じゃない。 学校に行かなきゃって分かってるけど、朝は体が重くて動かない。 勉強しなきゃって分かってるけど、椅子に座ってペンを持つと思考が止まっちゃう。 ……サボることになれてしまって、頑張り方が分かんなくなっちゃったんだ。 「……でも、やっぱり嫌だ……」 声も顔も沈んでいく私の声に、パパは考え込む。 「じゃあ余裕がある時は、パパが学校まで車で送ってあげる」 「えっ」 パッと顔を上げた私に、パパは微笑んだ。 「慣れるまで、毎日そうしよう。そしたら頑張って学校行ってくれる?」 パパは、身をかがめて私に背を合わせる。 その優しい目が、私を真剣に見つめてくる。 「……うん。少しは、頑張ってみる」 その目を見つめ返して、私はコクっと頷いた。 「うんっ。娘と登校できるなんて、パパ嬉しいなぁ」 パパはニコニコ笑って、先を歩く。 そんなパパを追いかけてたら、急にパパのことが大きく見えてきた。 パパはいつも優しくて、私のことを第一に考えてくれる。 朝なんか、仕事で出て行ってしまってるママのために、家事を全部やってくれている。 そんなすごく忙しい状態なのに、私のことを毎日学校まで送る、なんて言ってくれて。 ……パパは毎日仕事に家事に、一生懸命頑張ってる。 私もできるところまで……頑張って、みようかな。 久しぶりに頑張ろうなんて思えて、なんかエネルギーが湧き起こってきた。 気合いを入れるため、私はふんっと両手でグーの形を作る。 「元担任の先生、すごく優しそうな人だったね。名前、なんて言うの?」 振り返ったパパに、私は気合い入れてますポーズのまま停止。 …………名前? 去年、稀に登校した私に「出席数〜〜!」って悲鳴あげながら走ってきてた、元担任を頭に思い浮かべる。 生徒からなんて呼ばれてたっけ。えっと、えっと……。 「……佐藤〜とか山田〜とか渡辺……みたいな?」 どれも何もピンと来ない、適当な名前。 クラスメイトの名前すら二人ぐらいしか分からないのに、担任の名前なんて覚えてる訳がない。 パパと見つめ合い、沈黙が流れる。 「……新学期では担任の先生の名前覚えられると良いね」 「……うん」 パパと私はそう言って、互いに苦笑いを浮かべたのだった。
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