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出た!山セン!
そしたら、すぐに「はーい」と女性の声がした。
「あ、あの!初めまして。ちょっと、お願いがあるんですけど……。傘を、貸していただけませんか?」
なるべく声のトーンを上げて明るく言ってみる。
そしたら相手の女性の人は、やっぱり「えっと……傘?」と困惑した声色。
「は、はい、傘です。今、外土砂降りで……」
加えて伝えると、女性は「あー」と納得したように言う。
そしたら、ガチャッとドアが開いた。
出てきたのは、四十代ぐらいの女の人。だけど綺麗な顔立ちで、薄いメイクなのになんだかオーラすら感じる人だ。
「突然すみませんっ。外、この通り雨で……」
そう言うんだけど、女性は今度は私の制服をじっと見ている。
……?な、なんだ?もしかして、こんな時間になんで高校生がいるのって思ってる?
「あ、あの……。傘を、貸していただけますか……?」
私は私の要件を伝えるけど、女性は質問と全く違うことを聞いてきた。
「あなた……第二高の子?」
本日二度目のうちの学校の名に、頑張って浮かべていた笑顔が落ちる。
……え、なに?なんで高校の名前を?まさかこの人も、うちの学校の先生!?
警戒して、足を後ろに引く。
ガレージよりも屋根の小さい玄関から足が出て、ザーッと雨に降られた。
「あーっ、ごめんね!いや違かったらいいの!ただ、娘の学校の制服と似ててっ」
慌てたような女性に、私は目を丸くする。
あ、そういうことも有り得るか。
………って、ここは学校から十駅も離れた場所だよ?
こんな遠いところから通う人いる?って思ったけど。
唐突に、前に柊花が何気なく言っていたことを思い出した。
『家の近くだと学校バレしてファンが押し寄せるからさー。私の最寄りが学校から超遠いんだよねぇ』
その後、何駅ぐらい?と聞いたら、たしか、
『十駅ぐらい?』
と、そう言っていた。
…………まさか?玄関の外、表札が目に入った。
【村瀬】
「えっ、え、えっ、ここ、柊花の家……!?」
驚愕の眼になっていく私を、女性はもっと見開いた目で見る。
「えっ……、柊花の、お友達……?」
私は、コクコクと頷いてみせる。
そして、自分が柊花のクラスメイトだってことを説明する。
「あら!そうだったの!」
ということは、この人は柊花の母親!
「いつも柊花と仲良くしてくれてありがとうね」
ニコニコと微笑む彼女に、私も愛想良く笑う。
「というか、こんなところでどうしたの?今日、普通に学校の日よね?柊花は朝から出て行ったけど……」
やばい、私が学校サボってるのバレちゃう!
「お、降りる駅間違えて、ちょっと迷子になっちゃって……」
なんてひどい言い訳。柊花がいたら、「降りる駅間違えたって、間違えすぎでしょ」とかツッコんでくれそうだ。
「……あ、そうだったの!ここら辺、同じような景色多いからねぇ」
なんか素直に信じた!ま、まじか。天然!?
もしかして柊花がツッコみ上手いの、母親がこんな感じだからか?
「そ、そうなんですよぉ。ハハハ」
適当に笑っとく。
「あ。じゃあ、学校まで送っていこうか?」
「だ、大丈夫です!です!」
それは良いです全然!学校行きたくないので……!
「そんなこと言わないで。私も暇だったのよ」
柊花母は、玄関から車のキーを持ってきてガレージへ向かっちゃう。
猛反対するけど、柊花母は「遠慮しなくていいのよ〜」と全く聞いてくれない。
「じゃあ、駅まで!駅までお願いしますっ!」
断り切れず、車に乗り込んだ私。
柊花母に強くお願いして、駅で下ろしてもらった。
「ありがとうございましたっ!」
「気を付けてね」
笑顔で手を振る柊花母にペコッとお辞儀をして、車を見送る。
外の雨は、まだ本降りだ。
雨量はあんま変わってないけど……。まだ止む気配はないなぁ。
柊花母には悪いけど、このまま学校には行かない。
送ってくれた柊花母のことを思い浮かべ。
———私のママも、こんな風に優しかったらな……って思った。
娘のことを一番に考えて、愛して、優しくして。
……柊花は良いな。
なんて、どうしようもないことを考えちゃう。
柊花は優しくて素直だから。私みたいに、学校サボったりしないから。
だから、親も優しいんだよな。
だけど私は違う。そんなの、分かってる。分かりきってる。
でも……一度で良いから、ママに……ママに……。
ふらっと、駅の外に出てみた。
手を伸ばすと、手の平に打ちつける雨。
思わず手を引っ込めるけど、なんか勢いよく降る雨が気持ちよくて。
何も考えず、体ごと外に出た。
空から降る雨が、私を容赦なく叩きつける。
さっきより勢いが増した気がするのは気のせいかな。
雨が、私の汚れた心を洗い流してくれてるような気がする……。
「———なっ、何してるの!?」
驚きのすっとんきょうな声が、すぐ後ろに響いた。
何って、雨を浴びてるんですけど……?
が、声の主に心当たりがあった。
……うわ、嘘でしょ……。
ゆるりゆるりと、振り返る。
「芹沢さんっ、早くこっち来て!おれが手引っ張るわけにいかないから!」
私は雨に打たれながら、目を細める。
やっぱり、間違いなく見るからに焦った顔の、山セン!
うわ、面倒な担任に見つかちゃったよ!
「山セン、なんでここに⁉︎」
「こっちが聞きたい!!って言うか、何してるの⁉︎」
「え……。雨に濡れて……水浴び?」
「意味が分からない!」
しびれを切らしたのか、山センは傘を差して私のところに駆ける。
うわ、捕まる!
私はまたもや脱走。本日二度目の、楽しくない鬼ごっこ!
「ええええええっ⁉︎なんで逃げるの⁉︎」
「だって、私を捕まえたら学校に連行するんでしょ!」
雨が目に入って、視界が見にくいっ。
ぼやぼやの視界の中で、山センは見たことないような焦った顔。
「そ、そんな濡れてる状態で、学校戻れる訳ないでしょ!」
びしゃびしゃと水たまりを跳ねながら、私は爆走。
山センを振り返ったら、水たまりを踏まないように気をつけてか、ヨロヨロしながら追いかけてる。
こんな状態の生徒一人を、必死に追いかける先生。
「———あははっ!面白いっ!楽しい!」
なんだか楽しくなっちゃって、スキップしたりクルッと回ったりしちゃう。
「たっ…………楽しくないから〜〜!!」
悲鳴のような山センも叫び声が、道行く人を振り返らせた。
「…………芹沢さん。分かってる?」
「……はい」
あの後、本気で追いかけてきた山センに捕まり、さっきの公園の公衆トイレの前で説教中。
「……分かってたら、笑わないはずなんだけどね」
じろっと私をにらむ山センの顔を見上げて……。
「……く、くくっ……。だ、だって、山セン………」
「完全に芹沢さんが悪い……はっくしょい!」
とうとう、声を立てて笑っちゃった。
山セン、私を追いかける時に自分も傘を投げ捨て、勢いよく走ってきたんだ。
そのせいで、頭からスーツまでびしょ濡れ。
髪から滴る水滴のせいで、前髪がぐしゃぐしゃ!
これで笑わずにいられるはずがない!
「ハァ……。おれ、長年教師やってるけど、雨の中傘差さないで爆走する生徒の担任なんて初めてだよ……」
「怒ってる?」
「怒ってはっくしょい!」
なんだ、怒ってはっくしょいって。
私の方も頭からずぶ濡れだけど、ふふふっと忍び笑いが止まらない。
「……なんか楽しそうだから良いけどさ」
ため息なのかよく分からない息と一緒に、声を出す山セン。
その顔は、なんだか穏やか。
「ってか、まじでこの後どうするつもりっ?服、それ乾くの⁉︎予備の服なんてないでしょ⁉︎」
「あるわけないじゃないですか。乾くまで、待ちましょ」
学校に連行されるまでの、時間稼ぎだ。
「いや……おれ、授業抜けてきたんだけど……」
「え、そうなんですか?っていうか、なんでここにいるって分かったんですか?」
「だって芹沢さん、朝、伊藤先生に会ったんでしょ?学校に来たら報告してくれてさ。芹沢さんの休み連絡もきてなかったし、絶対に君だなって分かった」
「そこかー……」
朝会った先生、伊藤っていうんだ。
告げ口される可能性は、考えてなかったな。
「芹沢さん。辛かったら、学校はいつでも休んで良いんだよ?今日みたいに、何も連絡せずにいなくなったらみんな心配するのも分かるでしょ?村瀬さんとか、特に心配してたよ。連絡もつかないって」
そこで、スマホの電源を切りっぱなしだったってことを思い出した。
電源を入れると、溜まってた通知が山ほどくる。
その数、五十件ほど。電話も何回もしてくれてる。
「……ごめんなさい」
「あーいや、謝ってほしい訳じゃなくて……うーん、謝らなきゃいけないけどさ」
「ごめんね柊花……」
「そっちかぁ」
完全に脱力して、膝に手をついてる山セン。
「でも服がなぁ……。一回、家帰ろっかな」
「うん、それが良いと思う。だけど、こんなびしょ濡れの服で電車も乗れないし……」
山センがスーツの裾を絞ると、ボタボタっと水分が落ちる。
「あ!それなら、良い方法がある!」
ポンと手を叩く私に、山センは首を傾げた。
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