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ごめんなさい
大騒ぎしながら自転車で走り通して、やっとのことで学校に到着。
あんなに濡れてた制服は、自転車で風を受け続けたら、いつの間にかほとんど乾いちゃった。
自転車置き場に自転車を置いて、二人でハーハーしながら階段を上がる。
上がりながら……なんだかドキドキしてきちゃった。
自転車を爆走させたからじゃない。
私は、荒い息を飲み込む。
……大丈夫かな。柊花たち、なんて思ってるかな。
突然連絡つかなくなって、何の説明も無しに学校に来なくて。
私だったら、怒るかも。
心配してたのに、携帯の電源まで切って通知来ないようにして。
どう説明しようか……。
バクバクする心臓を押さえ、顔が下を向いていく。
そんな私を、山センはずっと眺めていたようだった。
「大丈夫だよ。みんながどんな反応するか、自分の目で確認しな」
一緒に上がってきた山センは、途中で職員室に寄るために、別れる。
別れる時に、勇気づけるように一言くれたけど……。
一人になった私。
心臓の鼓動が、さらに強く打ち始める。
……みんな、私のこと嫌いになったかな。
そう思いながら、D組のドアを開ける。
ドアを開けた途端、クラスにいた四人は一斉に私の方を見た。
「……ハツ!」
そして、血相を変えた柊花が駆け寄ってきた。
ぎゅっと抱きつかれ、その勢いに私は後ろに倒れ込む寸前、近くの机に手を付いた。
「しゅ、しゅうか」
どう反応して良いか分からず、後ろ手でついたまま動けない。
「本気で心配した……。連絡つかないから、どっかで事故ったのかと思って……」
声がかすれてる。
私に抱きついたまま、顔を私に押し付けてる柊花。
「……………ご、ごめん。ごめんね」
こんなに心配してくれてたんだと分かって、急に無断で休んだことに胸が辛くなった。
「芹沢さん、大丈夫なの?」
「初寧ちゃんっ……」
お嬢も、リマちゃんも、遠巻きに視線をよこした杉本正弥だって、みんな私を見てる。
みんな、私のことを心配してくれてる。
「……ごめん、ごめんね。体調悪い訳でも、事故った訳でもなくて、」
そうとだけ伝えると、柊花は顔を上げた。
その顔は、見たことないような痛い顔。
「……ただのサボりで、よかった」
潤んだ目で見られて、胸が引き絞られそうになった。
「……うん。ありがとう」
私もそう呟き、柊花に笑いかける。
今までは、私が学校に来ても来なくても、誰もなんとも思ってなかった。
それを気にしたことすらないけれど、今は違う。
私が来なかったら、心配してくれる友達がいる。
———学校は、私にとってただつまらない日常を送る場所じゃなくなったんだ。
「いやぁほんと、不運だったねぇ芹沢さん」
ドアから、いきなり山センが入ってきた。
私に抱きついてた柊花は、パッと腕を離して咳払い。
「えっ、不運って?なんですか?」
取り繕うように、山センに向かって喋ってる。
私は、突然のことにポカンとして山センを見る。
えっ……不運っていうか、私がただ単に電車で寝落ちして学校サボっただけなんですけど……?
山センは、私の方を一瞬だけチラッと見て喋り出す。
「いや実はね、芹沢さんが降りようとした時に、乗ってきた人が具合悪かったみたいで。芹沢さん、その人のために一緒に乗って行ってあげたんだって」
スラスラと流れ出るウソに、私は目をむく。
「え、いや、」
「だからっ!芹沢さん、遅れてきちゃったんだよねぇ」
ぽんぽんと、遠慮がちに肩までたたく山セン。
私は、ポカンとそれを目で追う。
「そうだったの?ハツ、すごいじゃん!」
「芹沢さん、そんなことできる人だったのね」
「すごーい!」
女子三人は私を見て拍手。
杉本正弥は、私の困ったような顔を訝しげに観察してるけど。
「えっ、えっ、?」
「じゃ、芹沢さん。ちょっと話あるからおいで」
状況が掴めない私は、山センに引かれるように廊下に出る。
何が何だか分からないまま、連行された。
「えっ、あの、どういう、」
「……そういうことにしておこ。留年生、ほんとは学校サボって外で先生に見つかるとか、そういう規則違反を起こすと一発退学なんだよ」
サラッと怖いことを言われ、ゾッとした。
「———だけど。今回だけは、おれが学校側にも上手くそう言っとくから。初寧さんには、待ってくれてる人がいっぱいいる。それに、君を退学にしたくないのは、おれも同じだから」
山センはそう言って……、気の抜けたように微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
私は、きっと呆けた表情で山センを見上げていた。
「ただ!次は、ないからね。心して登校するように」
が、無駄に圧をかけて脅してくる。
「……ほい」
コクっと頷く私に、山センは「ま、もう大丈夫だよね」と、いつも通りに微笑んだ。
「初寧!」
その日一日を終え、家に帰宅した時だった。
家に帰って玄関を開けたら、ママがいた。
ママの後ろに、パパもいる。二人は、安堵の表情を浮かべてる。
「マ……マ。なんで」
まだ、仕事の時間のはずなのに。
そんな心の声が、ママに聞こえたみたい。
「会社で、パパから初寧が学校に来てないって言われて……。連絡もつかないって、心配してて……」
私の腕を掴んだ、ママ。
その手に血の気がなくて、私は腕に視線を落としたまま動けない。
「…………ごめんなさい」
一言そう呟くと、ママは私の顔を見た。
よく見ると、泣き腫らしたようなママの目。
それを見たら、私も涙がせりあがってきて……。
「…………ごっ、ごめんなさい。心配かけて、ごめんね、ママ…………」
涙が溢れて、しゃくりあげる。
「もうっ、私が家にいないんだから、パパの言うこと聞いてって、いつも言ってるでしょ……」
一緒に涙を流すママに、私は「うん」と頷く。
後ろにいたパパは、何も言わずに私の肩に手を乗せる。
「学校に行くのがそんなに嫌?勉強、嫌い?なら、もう行かなくても良いから、だから、勝手にいなくなったりしないで……」
ひっくり返るママの声に胸が痛くなる。
「……違うの。勉強が、嫌いなんじゃないの。違うの」
ぽそっと呟いた言葉に、ママは顔を上げる。
「……ママ。なんで、大学に行かなきゃダメなの?なんで学校に通って、みんなと同じ道を通らなきゃ、幸せになれないの?」
……ママが、毎日辛そうな顔をして仕事に行くのを見るのが辛かった。
どれだけ頑張って人の倍以上仕事をしても、ママの学歴が邪魔をする。
高校でちゃんと勉強しなさい、大学に行きなさい、良い環境の職場に就きなさい……。
ママは自分が苦労してるから、その思いを私にさせたくなくて、厳しいことを言ってるって分かる。
だけど、それが私の重荷になっていった。
勉強勉強……って言われるのがキツかった。
そしたら、次第に学校に行くために起きるのが辛くなって。
なんのために学校に行ってるのか分からなくなって。
……ママのために学校に行ってるような気がして。
「……ママの、せいだったの?」
大きく目を見開いて、私のことを見る。
「ママの、せいじゃない。自分の問題。だけど……」
だけど、だけど。
「ママに、ママに、私のことを肯定してほしかった。学校に行きたくない時は、行かなくて良いよって慰めてほしかった。家にいてほしかった……!」
ママはいつも家にいなくて、だから話もほとんどしなくて。
だから、こんな風にママとちゃんと話をしたのは、いつぶりだろう。
ママは、見開いてた目を瞬きする。大粒の涙が、一粒溢れた。
「……ごめんね、初寧。これから、ママちゃんと初寧の話聞くから。学校に行く行かないも、強制しない。だって、初寧の人生なんだもんね」
ママはそう言って笑う。涙の線を微笑まして笑う。
その姿を見て、私は心の中の何かが強く固まっていくような感覚がした。
「……だけど。私、これからちゃんと学校通うことにしたの」
決意を持って言うと、ママは「どうして」と聞いてきた。
その答えを探すように、頭の中にある人たちを思い浮かべ……。
「……友達に、会いに行くためだよ」
そう言って、笑ってみせた。
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