頑張りの始まり

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頑張りの始まり

「じゃあ、初寧。頑張ってね」 車から降りた私は、運転席から顔を覗かせるパパを振り返る。 「今日は四月からの説明するだけだって。ありがとね」 パパに手を振って、私は学校の中へと入っていった。 三月後半。 始業式前なのにまた学校に招集されちゃったから、早速パパに送ってもらった。 誰もいない廊下を、ポテポテと一人歩く。 今日、なんの説明するのかなぁ。留年した人って、また高一するんだよね? あと三年間、学校通わなきゃいけないの⁉︎ ズドーンと負のオーラを漂わせて、指定された教室に入る。 「……お?」 そしたら、中に先客がいた。背の高い、綺麗な顔立ちの女の子だ。 その子とバチッと目が合う。 「えー、なんか見た目頭良さそうなのに留年生なんだ?」 その子は、私を見て意味深に頷く。 な、なんだ突然? 「誰……?」 小声で聞いてみると、その子は「えっ」と声をあげた。 「私のこと知らないの⁉︎ほら、今話題のCMに出てるさ!」 「し、CM?」 この子、芸能人なの? じーっと凝視して見てみる。 遠くからだとよく分かんなくて、その子の目の前に近付いていく。 そしたら、なんとなく見覚えのある顔に見えてきた。 「……あ。村山柊花?」 栄養ドリンクのCMに出てる、村山柊花(むらやましゅうか)だ。 「えぇぇ⁉︎村山柊花って、ウチの学校の子だったの⁉︎」 「知らなかったの⁉︎」 互いに大声をあげて驚愕する。 村山柊花といえば、ドラマや映画でよく見る演技派女優だよ! 「私ほとんど学校来てなかったから知らなかった……」 「あ、そっち系の子?」 村山柊花はパッチリと大きい目を瞬く。顔が、すごく小さい。 「そっち系、って?」 「私も、出席数不足で留年なんだよね」 「そうなの?あ、芸能人だから?」 学校にも来られないなんて、やっぱ芸能人は大変なんだな……。 「っていうか、名前なに?」 柊花は大きなパッチリした目をさらに大きく見開き、キラキラした顔で私を見る。 「えっと、芹沢初寧」 「ハツネ?珍しい名前だね」 「いやいや、シュウカも結構珍しい名前だけど」 「それは芸名だよ。本名は、村瀬柊花(むらせしゅうか)」 「いや、変わったの苗字。珍しい方の名前は変わらないんだ」 思わずツッコむ私に、あはは、と好感度の高い笑顔を浮かべる柊花。 「ハツはさ、普通に出席数の問題なの?」 突然、私のことをハツと呼び出す柊花。 焼き鳥じゃないんですけど。 「普通にっていうか、出席数と単位数?全然学校通ってなかったせいで成績がボロボロ。え、柊花は違うの?」 「私、一学期の成績クラストップだったけど」 きょとんと言われ、私は思考停止した。 「……はっ?一位⁉︎」 なんで、そんな人が留年してんの⁉︎ 「私は去年、留年申請書出してたの。それで、二学期と三学期を丸々芸能界に当てた」 前髪を整えながら喋ってるけど、何か知らない単語が出てきた。 「留年申請書……?」 留年=学校から強制的にしろ!とされるもの。 今聞こえた、留年申請書。→留年を、申請……? 「え。もしかして知らないの?」 驚き顔の柊花。え、周知の事実なの? 「その短期留年制度って、」 が、ちょうど私の声に被せるように、ドアから一人入ってきた。 腰までありそうなロングの髪に、ふわふわのカールの女の子。 ……お嬢様? 「あれ、東友梨香(あずまゆりか)かな。大企業の社長の娘。言うなればお嬢様だよ」 ガチのお嬢様だった。 そんな東友梨香お嬢は、教室にいる私たちに見向きもせずに一番前の席に座り、カバンから何かを取り出している。 それがなんとマカロンで、私は目を丸くした。 「え……。マカロン」 思わず呟くと、お嬢はパッと振り返った。 「あなたも欲しいの?」 「えっ、欲しい、かも」 本音を言うと、お嬢はカバンから二つマカロンを取り出す。 そして、私と柊花に一つずつ渡した。 「銀座のデパートで買ったマカロンだけど、良かったら」 私は「あ、ありがと」と受け取り、口に入れてみる。あ、普通に美味しい! でも、ギンザ……。私、行ったことないけどな。 と、お嬢は柊花の顔を見て微笑んだ。 「村山さん、」 「あ。本名は村瀬です」 すかさず訂正を入れる柊花に、お嬢は「あ、ごめん」と口に手を当てる。 その爪がまた綺麗にトップコートを塗ってあり、思わず自分の爪と見比べちゃった。 「村瀬さん、あなた一学期、クラストップだったよね?私は、学年一位だったけど。そのあと急に学校来なくなっちゃったから、心配してたの」 「それはどうも」 柊花はマカロンを食べながらよく分かんなそうに返答するけど、お嬢はニコッと笑う。 「私、三学期の期末で数学99点だったのが悔しくて留年したの。あなたにも負けないからね」 お嬢はもう一度ニコッと微笑んで、席へ戻っていく。 「……え、今、テストで99点だったから留年したって言った?」 そのためだけに⁉︎お嬢、バカなの⁉︎ 私は唖然として、お嬢を視線で追いかける。 村山……いや村瀬柊花と言い、東友梨香と言い、なんかすごいメンツとクラスメイトになったな。 「遅れてごめんねー」 前のドアをガラッと開けて、先生が入ってきた。 途端、私はゲッと顔を歪める。 「芹沢さん、そんなゲッて顔しないで」 入ってきたのは、去年の担任。 もう、顔見飽きたよ! 「担任って、山センなの?」 柊花が首だけ元担任の方を向いて、首を傾げた。 「こら、山本先生って呼びなさいー」 怒ってる気ゼロの、テンションが棒のような叱り方。 というより元担任って、山本って名前だったんだ。 この前予想してた名前と全然違かったな。 「高一留年クラスの担任、山本です。始業式前だけどよろしくね〜」 え、またこの人が担任⁉︎ 「芹沢さん、またこの人が担任⁉︎みたいな顔しないの!」 「なんでさっきから心の声読んでるんですか。エスパーですか」 「顔にそのまま書いてあるんだもん」 私たちの慣れた会話に、柊花は「元、担任か」と納得した模様。 「ホントはあと二人来る予定だけど、今日は来ないかなぁ」 「え。今日、来なくても良かったんですか!」 「いや、絶対に来なきゃダメだから!あの二人は特殊枠なの」 「なんですか特殊枠って。ずるー」 「と に か く!今から、今後の説明をするよ」 担任、こと山本先生、こと山センは、教壇に立って私たち三人を見下ろした。 私が通うこの高校は、『短期的留年制度』という珍しい制度がある。(らしい) この制度は名前の通り、短期間留年することを指す。 短期的に———というのは、具体的な日数を言うと、六月末までの二ヶ月間。 その二ヶ月間で、高一の単位を履修し直して進級テストで合格すれば、なんと七月からは高二に進級が可能! だから、二ヶ月ちゃんと学校通ってちゃんと勉強すれば、すぐに二年生になれるんだと!まじか、すごい制度! ……ん?二ヶ月? 「はい、山セン!質問!」 「芹沢さん、どうぞ。ってか、おれは山本先生!」 「二ヶ月で履修し直すって、どういうことですか?」 「……えっと、言葉の通りで二週間で履修し直すことだけど」 それが何か?みたいな顔する山センに、私は超思いっきり首を横に振った。 無理無理無理。え、二ヶ月で?いや、無理なんだけど! 山センは、視線だけで「無理じゃない!」と訴える。 「えー、だから、四月の始業式から頑張ること!この短期留年期間で進級できなかった場合、今度こそ一年間同じ学年をすることになるからね!」 熱が入ってる山センの声は、ほぼ私にだけ向けられてる。 ……柊花もお嬢も頭良くて、落第ギリギリ(いや、もう落ちてた)なのは私だけ? 仲間が欲しいよ!他の二人はなんで来ないのー! 「以上、今日は解散で。四月から頑張ろうね〜」 山センがそう言うなり、即立ち上がる二人。 「私、これからマンマとショッピング行くの。じゃ、お先に」 お嬢は、ふわっと良い匂いを残して教室を出た。 へー……。マンマとショッピングかぁ……。 「ごめん、私もこの後ドラマの打ち合わせ行くんだよね。じゃあハツ、新学期で!」 忙しそうに、柊花も教室を出て行ってしまった。 私は、ポカンとそれらを見送る。 「……なんか、変わってますね、このクラス」 「うん。だいぶね」 初めて山センと分かり合えた気がするけど、私はガタッと教卓に両手をついた。 「ってか、総復習二ヶ月じゃ間に合いませんよ!私の学力、どんなだと思ってるんですか⁉︎」 「こっちが聞きたいよ!芹沢さん、中学校はちゃんと行ってたの?」 「いえ。中学はもっと行ってませんでした。行かなくても卒業できるので」 胸を張って言う私に、山センは半眼になっていく。 「それさ……ご両親はどう思ってるの?この前の三者面談、お父さんは芹沢さんのこと熱心に考えてらっしゃったけどさ、」 お母さんは? そう聞かれてる気がして、私は下を向いた。 「…………ママは、私に興味がないので」 ぼそっと呟いたけど、意外に教室に響いてしまって、シンとしてしまった。 私は、ヤバっと顔を上げる。 「……だ、だから、私は中学校もまともに行ってないし、高校はもうチンプンカンプンで、勉強もできないし友達もいないし学校に来たところで意味ないんですよ」 言い訳の事実をつらつら並べる。 山センは、しばらく無言でいたけど、私の顔を見て言った。 「……学校行きたくない気持ちは分かるし、おれもそんなに強制するつもりはないんだよ。だけど、きっと楽しいよ?教室でみんなと過ごした時間って、案外大人になった時にどんな思い出よりも記憶に残ってるからさ」 いつもより穏やかで山センらしくない声に、私は押し黙る。 ……いくら楽しいって言われても、行くまでの覚悟と勇気が出ないんだ。 サボり魔常習犯だから、そう簡単に気持ちは切り替えられないし。 「勉強も、おれがしっかりサポートするから。おれは国語教員だけど、数学もちょっとは教えられるんだよ」 ちょっとニッと笑う山センに、私は考え込んでた思考が止まる。 そして、頭にハテナが浮かんだ。 「山センって、国語の先生だったんだ」 授業もほとんど受けてないから、知らなかった。 山センは、微笑んだまま顔が固まる。 そして、崩れ落ちるように教卓に脱力し、瀕死の声で呟いた。 「…………嘘でしょ……」
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