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レアキャラさんは、繊細さん
ガタンゴトンと電車に揺られながら、私は現在登校中。
至福の土日を終え、月曜日。
今日からなんと、私は自力で学校に来ることにした!(どっちにしろパパは月曜出勤だから送ってもらえなかったけども)
先週、一週間通ってみて「案外行けそう」という思考に至った結果だ。
一週間通えば学校に慣れる、っていう柊花の自論、本当にそうかもしれないな……。
と考えながら、何気なく目を向けた電車の壁に貼ってあるポスター。
そこに村山柊花がいた。
栄養ドリンクを片手に、『身体も心もコレでバッチリ!毎日頑張ろう!』と横にコメント付き。
今年学校に通うようになって気付いたのは、柊花のこの栄養ドリンクのポスターって、乗る電車に大体貼ってある——ということ。
演技派女優だしテレビでもよく見てたし、有名なのは知ってたけど。
私、この『村山柊花』とー同じクラスって案外すごいことなんだなぁ。
って、駅に止まる度にどんどん人が増えていく電車内で考えていた。
電車を降りた私は、歩いて学校に到着。
教室に向かうまでの廊下で、ばったりと山センに遭遇した。
「芹沢さん!すごいね」
そして何か突然褒められた。
「何がですか?」
私、なんか褒められるようなことしたっけ?
そしたら、山センは手元の出席簿を見てニコニコしてる。
「登校日数だよ。先週、毎日来てたね」
あー。登校日数!
「そう!すごいですよね私!やればできるんだって思いました」
最近は、毎日朝起きて学校来て……というのが習慣になりつつあるほどだ。
「うんうん。偉いよ芹沢さん。今週もこの調子で、」
「じゃあ明日は自分のご褒美として休もうかなぁ」
「ちょっ、今褒めたばっかりじゃん!」
ツッコまれた私は、口を尖らせて山センを見る。
「えー……。以前の私に比べたら、今週の記録すごいじゃないですか」
「た、たしかに去年に比べたら見違えるほどすごいけどさっ。……やっぱり、友達のおかげ?」
少し声を落ち着かせた山センに、私は頭の中に『友達』を呼び起こした。
……柊花とかお嬢のおかげで、学校に行ったら行ったで楽しいってことが分かったし、それほど行くのが苦じゃなくなったかな。
「まぁ、はい」
そう言うと、山センは心から嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「あ、そうだそうだ。今日は、もう一人のクラスメイトも来るよ」
「あー。それって、泉谷さんですか?」
先週知った、私たち留年クラスの最後のクラスメイトだ。
「そうそう。泉谷さん、ちょっと訳アリの子でね。今日まで学校来れてなかったけど、今日から復帰するみたい。芹沢さん、毎日登校のセンパイとして泉谷さんと仲良くよろしくね」
なんだ、毎日登校のセンパイって。
山センは親しげに笑って、職員室に戻っていく。
ちょっと訳アリの、留年生。
……ぶっちゃけ私も訳アリだし、柊花もお嬢も普通じゃないし、杉本正弥はヤンキーだし。
まぁ……みんな普通じゃないから、大丈夫だろう。
二限、三限を終えて、お嬢が持ってきたフランスのよく分かんない甘いお菓子を食べていた時だった。
後ろのドアが、ガラガラ……と控えめに開いた。
三人揃って、後ろを振り向く。
ドアから、半分だけ顔を覗かせる女の子。
その子は遠目からでも分かる不安げな顔で教室内を見渡して、私たち三人と目が合った。
「……こ、こんにちは……」
かすかな、ほぼ聞き取れない声量。
誰だろう……としげしげ見つめていたら、アッと思い当たった。
「泉谷理茉さんっ?」
いきなりフルネームを叫んだ私に、彼女はビクッと肩を跳ねて顔を引っ込めてしまった。
その反応に、私はエッと目を丸くする。やばい、怖がらせた⁉︎
私は椅子を引いて、廊下へと向かう。
ゆっくりドアの外を覗くと、彼女は体を固まらせていた。
顔を下に向けて、チラチラと私のことを見ている。
「驚かせちゃってごめんねっ。泉谷さんで合ってる?」
なるべく優しい声色で話しかけると、彼女は丸い目で私を見る。
そして……、コクッと頷いた。
「私、芹沢初寧ですっ。よろしく!」
「よ……よろしくね」
心なしか体がのけぞっているリマちゃんだけど、声を返してくれた。
ニコッと笑いかけて、リマちゃんの手を引く。
「中入ろ。そんなに怖がんなくて大丈夫だよ」
「えっ。えっ、待ってっ」
リマちゃんの声は小さくて、ちゃんと聞こえなかった。
そのまま彼女を引っ張って、教室の中へ入る。
「紹介します!この子、私たち留年クラスの五人目、泉谷理茉ちゃんです!」
柊花とお嬢の前に立って、リマちゃんをジャーンとする。
が、「うん、知ってる」「クラスメイトの五人目か」
と、思ってた通りの塩反応。もうちょっとリアクションほしい。
「大丈夫だよ、リマちゃん。この子たち、ちょっと普通の人とズレてるけど優しい人たちだよ」
ズレてる二人組から、「誰のことよ」「ハツも変わんないよ」と声がするけど無視。
泉谷さんは、チラリと二人を見る。
「私、村瀬柊花です。よろしく!」
ニコッと柊花が笑うと、リマちゃんはアッという顔になった。
「CMに出てる、村山柊花……」
「それ芸名!本名、村瀬!」
すかさずツッコむ柊花に、リマちゃんは「はいっ」と声を出す。
「私は、東友梨香。お近づきの印に、ロカイユをどうぞ」
上品な箱を差し出されたリマちゃんは、ソレを見つめて停止。
「え…………あ、ありが、とう?」
そしてだいぶ戸惑いながらも、箱からお菓子を一つつまんで口に運んだ。
ついでに、さっきから食べてるけど私も一つ手を伸ばす。
「友梨香、今なんてお菓子って言った?ろか……」
「ロカイユ。フランス発祥の、メレンゲの焼き菓子」
「へーぇ。私も初めて食べた。軽いからカロリー低そうだよね」
「ひとつひとつは軽くても、食べ過ぎたら意味ないよ」
「ハツ、それ何個め?」
「……次で5個目です……」
箱に伸びていた手を、ゆるゆると戻す。
そんな、私たちのやりとりを見ていたリマちゃん。
「……ふふっ」
初めて、彼女が笑った。
笑った顔は、すごく優しくて可愛くて。
意外と大人っぽい顔つきだった。
でもすぐに顔をパッと戻して、何か警戒するような顔になる。
私たち三人は、同時に顔を見合わせた。
「ね、理茉ちゃん」
柊花が、泉谷さんの前に立って顔を覗き込んだ。
その距離の近さに驚くように、泉谷さんは目をさまよわせる。
「……この留年クラスにはさ、みんなそれぞれの事情があって、もう一回一年をやり直してる子が多いんだよね。だから、みんな個人の話なんか深掘りしないし、バカになんてしないよ」
柊花の、あったかい声色に瞳の色。
あの瞳に真っ直ぐ見つめられたら、柊花の言葉は嘘じゃないって、きっと信じられる。
泉谷さんは、警戒して強張っていた顔を、少しずつ少しずつゆるめる。
「……う、うん。ありがと ……ありがとう」
小さく、何度もつぶやいて自分の言葉を自分に落とし込んでいる泉谷さん。
……随分、繊細な人みたいだな。
私たち三人は、揃って顔を見合わせたのだった。
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