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昔むかしのお話
昔むかしの話。そこには一匹のウサギと、人間の男が住んでおりました。
男は毎日ウサギのために畑から野菜のクズを持ってきて、寝床を整え、とてもとてもかわいがっておりました。
村の者達は、その男を変わり者だと思っていました。
なぜなら、自分達の食料にも困る時代。どうして、自分が食べることにも困る上に、畜生の世話をかいがいしくしているのかが、分からなかったからです。
もちろん、ニワトリを育てている者もいます。
だけど、それは食べものでした。
卵を拾い、産まなくなれば絞めて肉にする。
牛を育てている者もおりました。
これは、労働力でした。大きな荷物を運んだり、畑を耕す力となる大切な牛でした。
中には犬、猫を飼う者もおりました。
だけど、それぞれに仕事をさせて過ごさせているのです。
犬は危険を知らせ、猫はネズミを追い払い。
男のウサギは、何もしません。
ただ、ご飯をもらい、撫でてもらい、寝床で眠るのです。
村人がひとり、その変わり者の男に尋ねます。
「お前はいったい、どうしてウサギを飼っているのかい?」
男は答えます。
「とてもかわいいから。大切にしたいから」
「変なものに懸想していると、おかしくなるから気をつけな」
男の答えに、村人はひっそり忠告しました。もちろん、男には伝わりません。
ウサギといると、ただ心が安らぐのです。
それだけで充分だったのです。
だけど、ある日、ウサギが襲われました。
あの村人が飼っている犬にです。
咥えられているウサギはぐったりしています。
男は犬を棒で打ち付けます。
犬は「きゃん」と鳴いてウサギを置いて逃げ帰りました。
だけど、ウサギは血を流して動きませんでした。
すぐに、手当てを……。
ウサギの手当てをしていた男の元に、犬の飼い主がやってきて、男を打ち付けました。
「よくもうちの犬に怪我をさせたな」
「その犬は、うちのウサギを……」
彼の言葉は誰にも届きませんでした。役に立つ犬と、何もしないウサギの価値は、村人たちにとって明白なものだったのです。
「お前がそんな変なものに懸想しているからだろう」
動けなくなるほど打ち据えられた男の胸には、やはりウサギが抱かれたまま動かず目を閉じていました。
もし、この子が人間だったら……こんな目には遭わなかった。
悪いのはあの犬なのに。何もしていないうちの子を噛んだ、あの犬なのに。
男は我が子のように可愛がっていたウサギを抱きしめて、「ごめん、何にもできなくて」と謝り、寒空の下、寝転がったまま手足を縮め、目を瞑りました。
もっと、強ければ良かった。そんなことを思いながら。
冬の入りの澄んだ夜空に満月の光が白く光っていました。
これは、人族に伝わる遠いとおい昔の話です。
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