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以前から言われていたお客様、キャナルさんがダイ様の公休日を利用して、遊びに来ることになった。この日は犬っころ達も親と一緒に一日たくさん甘えて過ごすんだそう。だから、何にもできない私は、朝からダイ様の好きなりんごのおやつを作って、待っていた。
「大丈夫、プティラのお菓子はいつも美味しいから」
「はい……」
だけど、ダイ様はりんごがお好きですから……そう思い、俯く。
チャイムが鳴るとと、リルラさんが部屋から出て行き、お客様をお迎えに行った。私はソファに身を埋めて、ちんと下を向く。
大丈夫。だって、ダイ様の先輩の方だもの。
「キャナルさんは優しい人だからね」
そう言ったダイ様の瞳が、だけど不安に揺らぐ。
「無理そうだったら、全然、部屋に帰ってもいいからね。途中で部屋を出てしまっても、キャナルさんは絶対に笑って許してくれるから」
「はい……大丈夫です」
お客様が入ってきたら、ご挨拶をして、少しお喋りをしたら、お茶の用意をリルラさんと一緒にして……。とりあえず、そこで深呼吸して、ケーキを切って、お皿に入れて……
扉が叩かれると、リルラさんの声が続いた。
「お客様がいらっしゃいました」
「お通しして」
そう、応接室でホストが座って待っていることはない。これだって、私のせい。気にするなって言ってくれるけれど、この場合、本来ならお出迎えすべきか、先にお客様にお部屋に入っていただくか。
この方は王族へのご機嫌伺いでやってきたわけじゃないのだから。
「やぁ、ダイ君」
「わざわざご足労させてしまいまして」
扉が開くと、ダイ様がすくっと立ち上がる。拠り所が遠くなる。一緒に立ち上がらなくちゃと、後に続くと、目の前に薄茶の髪の知らないオオカミが立っていた。息を呑む。
「いやいや、ご招待嬉しかったよ~。そちらがプティラちゃん?」
朗らかな笑顔を浮かべたオオカミが、言葉遣いに反してとても綺麗にお辞儀をした。
「私、キャナルと申します。どうぞお見知りおきを」
「妻のプティラです。こちらが僕の先輩のキャナルさん。それから、いつもお世話になっているリルラさんはこちら」
紹介されて慌てて頭を下げる。リルラさんは静かに頭を下げるだけ。
「どうぞ、お掛けください」
促されて、キャナルさんがテーブルを挟んだ向こうのソファに座る。
私達も座る。一度目のお茶はリルラさんが持ってきてくれる。そして、キャナルさんの開口大一番に目を大きくしてしまった。
「いやぁ、いつも可愛い可愛いってダイ君が言うから、どんな子なんだろうって思ってたけど、本当に可愛いお嫁さんだね」
「キャナルさんっ」
ダイ様が慌てると、キャナルさんがにやりと笑う。私もちょっと恥ずかしい。
「あぁ、ごめん。大きい口を開けて喋らない約束だったね」
と続けた。
あ、そっちだったのか。
そう思うと、今度は勘違いが恥ずかしくなる。ウサギさんってかわいいものだよね、ってマティを見て言っているから、きっとそっち。
「プティラちゃん、ごめんね、小さい声で話すから」
ダイ様はキャナルさんを睨んだまま黙ってしまっているが、キャナルさんが両目でウインクした。
「だ、だいい、じょうぶ、です。お気を、つかわず」
一生懸命、大丈夫なことを伝えたけれど、ありがとうって言った方が良かったのだろうか。そう思って、ダイ様を見上げると、お顔が真っ赤になっていた。
「ダイ様?」
「気にしないで」
ダイ様が苦虫をかみ潰したように笑うので、「ありがとう」を言った方が良かったのかもしれない、と後悔した。
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