十四夜のお客様

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 リルラさんがお茶を運んできた後、私の横に座ってくれて、ほんの少し落ち着いた。だけど、キャナルさんはお喋りで、ずっと話が止まらない。  職場でのダイ様のことや、犬っころのこと、自分の奥さんのことや、その奥さんの家系のこと。  奥さんは白い髪をしているらしく、遠い祖先は、とても寒い場所にいたオオカミなんだということも話してくれた。本当は、私自慢のアイティラ姉さまの白い髪のことも話したかったが、口を挟むなんてこと出来なかった。  そこで、リルラさんに水を向けたキャナルさんは、リルラさんの遠い祖先の話まで始めた。  とても物知りな方なんだよ。  それは、ダイ様も言っていたことだ。 「リルラさんは、あれだね。小型のオオカミの末裔かい?」 「えぇ。随分昔に一般はいなくなったと言われていますけれど、よくご存じでございますね」 「えっと、ハイブリットな感じかな?」 「えぇ、母方がそうなので」  遠い昔、種として絶滅したもの。主に、人族によって。  オオカミ史を思い出し、そっとリルラさんを眺めた。リルラさんは、私の視線に気付くと、柔らかい微笑で、私の手の上に掌を載せた。リルラさんの手も温かい。 「気にしていませんけれどね」 「それがいい」 キャナルさんは穏やかに微笑んだ後、ほんの少し静かになった。キャナルさんは何かを思い出しているようにして、少しの間、空を眺めた。それを合図にリルラさんが立ち上がった。 「そろそろ、お茶を淹れ直してきますね」 立ち上がったリルラさんはいつもよりも少し、寂しげだった。掌を掴み損ねて、リルラさんを視線で追いかける。 「奥様、大丈夫ですよ」 なんだか、ずんと胸の奥が重たくなった。きっと、私と一緒。今は、ひとりになりたい時。どうして、キャナルさんはそんなことを言ったのだろう。そのまま、諦めてソファに座る。 「失礼、しました……」 「いや、不謹慎だったかなぁ。でも、『種』を失ったことのある彼女がここに付けられたっていうのは、偶然じゃないんだろうね」 キャナルさんがダイ様をじっと見つめる。 「偶然ですよ。偶然、よく働いてくれる、王家で手の空いたメイドがリルラさんだったんです。プティラのことも良くしてくれていて、とても助かっています」 キャナルさんの声はずっと穏やかだ。そして、その穏やかさをその瞳に映して、にこやかに私に話しかける。キャナルさんも、怖いオオカミには思えない。 「プティラちゃんは、オオカミの話も怖くない?」 「……はい。オオカミ史、知っています」 リルラさんがそのオオカミだったとは知らなかったけど。 「流石、ダイ君の奥様だ。私達もね、たくさん殺された歴史がある。だから、君の抱く恐怖もちゃんと分かっているつもり。でも、君は、それもちゃんと知っているから、今日ここに出てきてくれたんだよね」 そう、歴史の中で、オオカミは、食べるためにではなく、恐怖のために殺された。自分たちの財を護るために、迫害されてきた。ちゃんと知っている。 でも、オオカミは、人族との付き合いを対等にしている。怖がったりしていないし、怖くないものだと認識させている。  ウサギにはないところ。 「リルラさんの小型オオカミは、その人族達に神様として祀られていたんだ。だけど、裏切られた。彼らは神様から急に悪魔にされたんだ。だから、彼らの末裔はオオカミの中でも一番に裏切りを嫌うし、裏切りの怖さを知っているから絶対に裏切らない。プティラちゃんは知ってる?」  それも、知らない。だから、そのまま頭を振る。  神様が裏切られるだなんて。悪魔にされて殺されてしまうだなんて。リルラさんの祖先が人化しなかったら、いなくなっていたかもしれないだなんて。  リルラさんがいない今があったかもしれないなんて思うと、とても辛い。 「裏切られると思っていなくても、時にそんなことが起きる。もしかしたら、相手は裏切ったとすら思っていないかもしれない」 だけど、どうしてその話が出てくるのか、よく分からなくて、きょとんとしていると、柔らかなダイ様の声が続けられた。 「プティラが、キャナルさんのために朝からおやつを作りました。それをリルラさんが持ってきてくれますよ。美味しいんです。是非召し上がってください」  話を切り上げてしまったダイ様を不思議に思い、首を傾げて見上げる。ちょうど扉が開かれた。リルラさんだ。リルラさんがお皿に載せたタルトタタンをそれぞれの前に置いてくれる。良かった、リルラさんの分もある。 「それは楽しみだなぁ。プティラちゃん、ダイ君はとても優しくて頑張り屋なんだよ」 「はい」 ダイ様が頑張っていることはよく知っている。リルラさんもたくさん教えてくれた。 「良い笑顔。ダイ君もね、君の話をしている時はとても良い笑顔だ。だから、もう少しオオカミの王族として、頑張らせてあげてくれないか? きっとプティラちゃんなら頑張れると思うから」 そして、私の作ったタルトタタンのお皿を持ち上げて、「美味しそう」と匂いながら、それでも続けた。 「毎月、遠吠え会っていうのがあってね。オオカミに戻る王族が、一般オオカミに決まり事を伝えるんだよ。ダイ君も参加できる立場にいる。だから、参加させてあげて欲しいんだ」 遠吠え会は初耳だった。それに、ダイ様がそんな行事に参加することが出来ることも。それに、ダイ様は今まで一度も出掛けていない。 「キャナルさん、ご心配なさらなくて大丈夫です。だから、来月は必ず出席しますし、役に立つオオカミとして王家にも仕えておりますから」 その言葉の理由を聞いても、分からないことだらけだったが、ダイ様が私の手をしっかりと握ってくれたのは、確かだ。
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