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プティラオオカミの国へ!
私を降ろした馬車は、挨拶もせずにすぐさま引き返していった。目の前には、オオカミの臭いをプンプンさせた三角の耳の人達がいて、「ようこそおいでくださいました」ときちんと頭を下げていた。
それなのに、私の足は震えて動かなくなっていた。
私は、ウサギの国からオオカミの国へ、嫁いだのだ。
悪夢が現実になった。そんな気がした。
「姫よ、オオカミの国へ嫁ぐことを命じる」
二十三番目の子である私の名前すら覚えなかった父王が、そんなことを言うのは、そろそろ、オオカミの国へのプレッシャーが必要だからだ。
去年16歳で獅子族へ嫁いだ姉のクティラが、身罷ったと聞いた私達姉妹は、次はどこ?とみんなで不安がった。
もちろん、食べられたわけではない。クティラは衰弱死だった。
姉は、何も食べることができなくなって、そのまま死んだのだそうだ。
その前は兄のカイク。
婿入りした先の、鷹姫の爪が背中に刺さり、傷が化膿してしまい、今は寝たきり。逃げようとしたところを掴まれたらしい。
カイクも長くないだろうと言われている。
私達ウサギはとても多産だった。そして、生まれた子は半年後の満月の夜に人化する。人間で言えば、十歳くらいだそうだ。そこから、さらに半年経つまでに、人にならなかった子は、野性に返す。
親達は泣く泣く、産んだ子どもを手放す。
誰に食べられるか分からない、そんな自然溢れる、野生に。
だから、やはり多産の王家が人民のために他国と協定を結ぶのだ。
王家と婚姻関係のある間は、その動物を食べない。
どうやっても対抗出来ない、小型の草食動物やネズミ族がよくやる手法。
たいがいは一年持たずに破綻する。クティラのように。カイクのように。
数はあるから、また次を用意する。続けての輿入れは嫌われるため、次は別の肉食獣へ嫁がせる。
なんとなく手を引かれ歩いているが、私の意識はほとんどなかった。
小柄なオオカミが、私の手を引っ張って、死刑台へ連れて行く。
教会の扉を潜る。きっと私の葬送式なのね。
神父さまの横には、既にオオカミの王子が正装で立っていた。
あぁ、あそこが断頭台。神父さまの台座がそんな風に目に映った。
次に記憶があるのは、自分のために宛がわれた部屋。
さっきのオオカミの王子が、「大丈夫、近づかないから」と言って、ベッドの反対側で座っている。
その言葉は、私が「あなたを愛することは絶対にないから」「近づかないで」と叫んだからに由来する。
ほんの少しだけ、罪悪感が生まれて、ベッドを盾に、向こうを覗くと、彼と目が合った。
思わず隠れる。
銀灰色の髪に同じ色の三角耳。金色の瞳がにこりと笑う。
尖った歯が見えた。
囓られる……。
きっと、断頭台はこっちだったんだわ。
そう思って、膝を抱える。オオカミが動く音が聞こえる。
「ねぇ、お尻痛くない?」
「だ、だだだ、だいじょ、うぶ」
大丈夫だから、動かないでっ。
「ひっ」
急に何かが振ってきた。一瞬、自分の頭が落ちたのかと思った。
四角いクッションだった。
「ごめん、当っちゃった?」
ちゃんと動く頭を確認するように、私はぶんぶん頭を横に振っていた。
朝起きると、なぜかちゃんとベッドの中で眠っていた。
部屋の中にオオカミの姿はなかった。でも、臭いはしている。
夢じゃない……。やっぱりオオカミに嫁いだんだ……私。
あのオオカミが「おやすみ、プティラ」と名前を呼んで、……。そう、名前を呼ばれた恐怖で……記憶がない。
やっぱり怖くなって、頭をぶんぶん横にした。
私に託されているのは、一日でも長く生きて、一日でも長く、一般オオカミが一般ウサギを食べないようにすること。
そっと立ち上がり、扉まで歩く。
一応、鍵は掛かるようだ。
このまま閉じこもって、……。
そう思い、その手を止めた。
嫁いだのに、閉じこもって何もしないわけにはいかない。それこそ、衰弱を待つしかなくなる。
ここに来た意味まで無くしてしまいたくはない。
何が出来るか分からないけれど、寝間着のままでは何も出来ないことは分かる。だから、とりあえず、着替えてみた。プティラは水色が映えるわね、とアイティラ姉様が用意してくれたお洋服。
とびっきり美人だったアイティラ姉様はウサギの国の優秀な方と結婚したから、これからウサギの国を支えていかれるのだろう。
そして、また、姫や王子達をどこかへ嫁がせ、みんなを護る役目。
どっちが良いのか、あんまりよく分からない。
よし、外へ……
「行ってきまーす」
ドアノブに手を掛けた時に、大きな声がした。
オオカミの声だ。
扉を開くことができず、固まってしまった。
オオカミが、吠えてる……。
そんな日が続いた。
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