203■年8月12日

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学校や企業、病院で一斉の訓練が行われたのは丁度二ヶ月前だったから、記憶だけでなく身体も覚えていた。 向かうは地区で最も高い場所であるFヶ丘。 大きな富士山と重なるように存在する木々で覆われた街のシンボルと言っていい場所。 最も高いところには、祠が立つ。 希美はそんな騒動の中、人々が大移動する二車線道路に、流れと正反対に立ったのだった。 群衆が希美のところに達すると渦状になりながら流れていく。 希美はA町の住人ではなく、既に廃村になってしまったが、隣に位置していたC村出身。 その日、彼女は生まれ育ったC村を訪れていて、駅のあるA町へと戻ってきたところで揺れに遭遇したのだった。 もちろん、C村で育ったとしても、地震のときの行動くらい教わる。 希美は地震が起きれば津波を恐れることを良く知っている。 津波に備え、高台へと逃げるべきなのも曇りなく知っている。 しかし彼女は、そうはしない。 なぜって? 希美がC村で啓蒙されたのは、少し違っていたからだ。 地面が揺れたなら、じっとしろ。 目を瞑り、耳を澄ます。 揺れたのは海か、それとも山か。 グオオンという大地の唸り。 聞こえた方へ背を向けろ。 希美の育ったC村ではそう教わった。 だから目を瞑り、耳を澄ました。 するとちゃんと聞こえた。 地球の唸り。 怒りとも悲しみとも思えるその声は、山の方から、つまり、多くの人々が逃げていく方角から聞こえていたのだ。
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