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希美は小学生当時のことを思い出しながら、手を大きく広げ、声を上げた。
唸りを聞いた自身がすべきことは伝えること。
歌が好きだった希美は大学の声楽科に進んでおり、沢山の人に声を届けられるのではないかと期待していた。
空まで伝わりそうな美しい声で、「止まって!」と希美は伝えた。
その声は、確かに沢山の人に届き、流れが緩慢になった。
しかしそれは一時的なことだった。
大きな揺れの後だったので、音に敏感になっていたから足を止めた者がいただけで、誰一人、希美の主張を受け入れようとはしなかった。
みんな間違っている。
このままじゃ皆死んでしまう。
「唸ったのは山です! くるのは津波じゃなくて、溶岩流なんです!」
希美はありったけの声で繰り返した。
まだ空に聳える富士山の様子に変化はない。
しかし数分か、数十分か、大きな噴火を起こし、地中深くから、溶岩が噴き出てくるのだ。
「私はちゃんと聞いたんです。山が唸ったんです」
C村の人間ならともかく、A町の人間は誰も希美の言葉を理解できてはいなかった。
C村とA町は隣接していたが、まるで異国同士くらいに文化が違っていた。
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