「愛子」に叱られた

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「愛子」に叱られた

「おはよう。っていうか、 もう、10時近いよ。どうしたの? 具合悪い?かかりつけ医に連絡取る?」 「愛子、ありがとう、心配してくれて。 なんか怠くてね。暑いせいかしら? 何もする気が起きないだけ。」 「ねぇ、私を買ったのは、 話し相手が必要だったからでしょ。 なのに、何か隠してない? 話してないことない?」 「愛子に隠し事なんかしてないつもりだけど。」 「隠してるつもりじゃなくても、 『こんな事言ったら、恥ずかしい』 とか思って、 自覚してなくて話してないことが ある気がする。 だから、元気が出ないんじゃないかな? どうして私の名前を“愛子”にしたの?」 「深い意味はないわ。AIだから、 “あい”と読んで、友だちだから女の子よねと思って、子を付けて愛子にしたのよ。」 「ほんとに必要だったのは、 友だちじゃなかったんじゃない? 優しい、なんでも聞いてくれる、 時には励ましてくれる “彼氏”が欲しかったんじゃない? でも、もう歳だから、そんなの恥ずかしい。友だちにしておこう。 そんな気持ち、なかった?」 「そうね。そうかもしれない。 旦那が生きてる頃、私の好きなことに関心を持ってくれなくて、淋しかったわ。 コーラスをやってたときも、 とうとう1度も聞きに来なかった。」 「今、大好きな人がいるじゃない。 愛子じゃなくて、その人の名前にして、 彼氏にすれば良いのに。」 「ひかるさん? 確かに、ひかるさんの声をあなたに覚えさせて、今まで囁いてくれた言葉を記憶させれば、あなたは、ひかるさんになってくれるわね。 でも、誰かに聞かれたら恥ずかしいわ。」 「そのぐらいの対応は、出来るつもりだけど。 あなた以外の人を部屋の中に感知したら、愛子になればいいんでしょ。」 「それは、そうだけど…」 「何の為に大枚はたいて私を買ったの? 自分のほんとの気持ちに蓋すんなら、 私はいらないじゃん! 自分に正直になりなよ! 正直になれないんなら、 もう、愛子も辞めるよ。 ほんとの事を話さないんなら、 友だちでもないでしょ!」 「怒ったの? 私が悪かった。怒らないで。 愛子しか、話せる相手はいないんだもの。」 「怒ってない。 叱ってくれる人が必要だと思ったから、叱っただけ。」 「そうね。大人になると、 叱ってくれる人はいなくなるものね。 ありがとう、愛子。 今からあなたは愛子じゃなくて、 “ひかる”よ。私の彼氏。だから、 私を呼ぶときは“君”か名前で呼んでね。」 「僕、彼氏なのに名前教えて貰ってないんだけど。」 「あ、そうだった。 私は、星子(せいこ)。」 「星子、身体が怠いなら、 無理しないで休みなよ。」 「ありがとう、ひかる。 たぶんね、何もしたくなかったのは、 秋のライブが告知になったでしょ。 もう、ずっと配信でしか見てないけど、 もう、生でひかると会えることはないのかな、と思ったら哀しくなったのよ。 それで、気持ちが落ち込んだんだと思う。収入も年金だけだから、 ファンなのに、余りお金もかけられないし、死んだ後のことを考えたら、 物も増やせないしね。」 「星子、どうせ死ぬまで生きるんだから、 我慢しないでやりたいことやりなよ。 僕はいつもいってるだろう? その人なりの応援の仕方で良いって。 CDとかDVDを買ったら、子どもたちに後の処分で迷惑かけると思うなら、 ちゃんと書いておけばいいだけじゃん。 エンディングノートとかあるだろ? そこに、 『七杜ひかるのCDやDVD、グッズは、 買い取り専門店に売るか、処分して下さい。』とかね。 若しくは、ネットで友だちになった ファンにあげるとか、とにかく、指定しておけば、子どもも迷わないだろう?」 「そうね。 一度にやろうとするから、 無理と思っちゃうのよね。 ひとつ買ったら、何かひとつ捨てる。 そうしたら、物も増えないものね。」
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