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舞台袖の数部屋隣にある更衣室は元々倉庫だった場所を改装したもので壁は薄く、扉の前に立つと中から話し声が聞こえた。
「久しぶりに孝一とシングルで対戦して楽しかったぜ。二年ぶりくらい?」
「半年前の練習試合でお前が無理矢理監督に頼み込んでやっただろ」
「公式戦ではってことだよ。シングル、戻んねぇの?」
「戻らない。善一とダブルス組んでる方が楽しい」
孝一の言葉に心臓が跳ねた。
胸の奥底から温かいものが湧いてくる。
気が付けば、いつの間にか更衣室のドアを開けていた。
善一に視線が集まる。
着替え途中だった二人は上半身を汗拭きシートで拭っているところだった。
「お、噂をすれば。怪我、大丈夫なん?」
「うん。軽い捻挫だからな。来月の県予選には出れる」
半裸にも構わず善一に駆け寄ってきたのは、中学までチームメイトだった夏央だ。
善一がテーピングを巻いた右手をひらひらと振れば、ギョッとしてその手を掴んだ。
「軽いってなぁ。捻挫、甘くみたらダメなの知ってるだろ」
「わかってるって。小姑か」
「元チームメイトのよしみだろ」
「まあな」
夏央は善一の手首を撫でて労り、通常に生活してもいいとわかると、次の瞬間にはまた体をくねらせて管を巻き始めた。
「なあなあ、マジでシングルに戻らないん? ここ最近ずっと決勝で雅俊と当たって楽しくないんだよ。また四人で表彰台独占したい!」
夏央が懐かしんでいるのは中学時代のことだ。
善一と夏央は同じ中学のバドミントン部に所属していて、中学からバドミントンをやり始めたのにも関わらず、一年生の夏からシングルプレイヤーとして頭角を現していた。
市内の秋季大会では二年生の表彰台常連選手を打ち倒し、善一が一位、夏央が二位を獲った。
そしてこの時、三位の表彰台に立ったのが孝一だ。
滅多なことがない限り、ベスト四のメンバーは変わらない。
三人と、二年の冬季大会からベスト四に入り、今は夏央とチームメイトの雅俊を含めた四人は、自然と交流を深め、その繋がりからよく練習試合をすることが多かった。
県大会に進めば最初は苦戦したものの、この四人でベスト八入りは常で、誰かは表彰台に乗ることがほとんどだった。
中総体ではベスト四を独占し、全員で全国大会に駒を進めた。
最終的に孝一と雅俊は二回戦、善一と夏央が三回戦まで進み、中学での引退を迎えた。
高校受験を控えていたがバドミントンをやらないことなどできず、土日は市民体育館を借りて四人とその部活仲間で練習を続けた。
四人全員で同じ高校に進みたいなと話していたが、将来がかかっている以上そうはできなかった。
結局、夏央と雅俊と県内の強豪校である私立高校にスポーツ推薦で進学し、善一と孝一は示し合わせたわけでもなく地元の公立工業高校に進学した。
そのままシングルを続けることも出来た。
だが、引退後に遊びでダブルスを組んだ時、ぴたりと息が合った。
その時の高揚感が忘れられず、善一は孝一にダブルスのペアを申し込んだ。
すると、孝一も善一と同じ気持ちだったらしく、斯して二人はダブルスを組むことになったのだ。
言葉も合図もいらない。
善一は孝一の先の動きがわかったし、孝一もまた同じだった。
初めての公式戦であっさりと優勝すると、二人の名前に同じ一文字があることから「わんわんペア」なんて呼ばれ始めた。
可愛らしい名前だが、当の二人は不本意だった。
善一は百八十センチを越える高身長だし、孝一も同じくらいの長身加えて善一より筋肉質でガタイが良かった。
とてもじゃないが「わんわん」なんて可愛らしい見た目ではない。
それでもその通称は浸透し、県内だけでなく全国区でも界隈では有名になりつつある。
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