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3
「ダメ。善一は俺のペアだ。返せ」
夏央に手を取られた善一の肩を抱いて、半裸の孝一が善一を引き寄せた。
制汗シートで体を拭いた後だからか、孝一から爽やかなミントの香りがした。
チラリとその顔を見るとムスッと口を歪めていて、鋭く夏央を睨み付けている。
その様子はまるで主人を守る番犬だそのものだ。
「うわぁ……。束縛は嫌われるぞ。な、こんなおっかないバディなんか解消して善一もシングルやろうぜ」
呆れて半目になる夏央は再び善一に手を伸ばすが、その手を孝一がはたき落とした。
夏央は大袈裟に「いってぇ!」叫び声を上げたが、申し訳なく思いながらも善一はそれに追い打ちを掛けた。
「ごめん。俺も孝一とダブルスするの楽しいから、シングルはやらない」
「あっ相思相愛でしたか」
「言い方」
わざとらしく口元を押さえながらおちょくってくる夏央に蹴りの一発でも食らわせたかったが暴力はよくない。
ジトッとした目で抗議すれば、着替えのポロシャツに着替えた夏央はべッと舌を出した。
「そもそも今回は善一が怪我したからシングルで出ただけだ。シングルも他のやつと組むのも今後は絶対に嫌」
「そっか。まあでも、シングルに戻ってほしいのは変わんねえからな。俺は諦めない」
「言ってろ」
念押しするように孝一が夏央の希望を否定するが、彼は眉を上げて宣言した。
(無理だよ、一生)
ダブルスで、孝一としか味わえないあの一体感を手放すことなどできない。
遊びでシングルをすることはあっても、公式戦で一人や孝一以外と組んで出場する選択肢は絶対にない。
これは善一の中で決定事項だ。
「へへっ。おっと、雅俊が急かしてきてる。俺は先に戻ってるぞ」
軽口を叩きながら荷物を整理していた夏央は、スマホの画面を見ると目を見開いた。
そして、ラケットバッグを肩にかけると、ひらひらとスマホを持った手を振って更衣室のドアを開けた。
「早く行けよ」
「早く着替えろよ、準優勝くん」
「自慢か」
「そうだよ」
「うざ」
「バド以外でも息がぴったりなこって」
三人で軽快にやり取りをすれば、それぞれの口元が弧を描いた。
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