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 普段は何も言ってこないが、酒に酔うと五年経った今でもこの話で絡んでくる。  またか、と慣れたものではあるが、そろそろ善一と孝一の選択を受け入れてほしいものだ。   「それだけ俺たちと一緒に日の丸を背負いたかったんだろうね」 「そうだな」    今や世界ランク上位となった夏央と雅俊。  オリンピックでもメダルを狙える実力を持つ二人は、きっと今ごろ明日の夜から行われる試合に向けて調整しているのだろう。 「明日の試合、配信あるんだよね」 「そうそう。予約設定してあるから通知もバッチリだ」  孝一はスマートフォンを手にするとひらひらと振って準備万端であるとアピールした。   「次の日仕事だけど、一緒に見る?」 「ああ。どっちの家にする?」 「俺の家。孝一の私物、ほとんど揃ってるし」 「だな」  二人の家は社宅で隣同士だ。  その日の練習の反省会をしたり、試合の録画や配信を見ているうちに寝落ちして、翌日慌ただしく自室に戻るのが馬鹿らしくなり、寝落ち前提でお互いの部屋に私物を置くようになった。  意外に思われるかも知れないが善一の方が料理の才能があるため、善一の家に泊まることが多いのだ。  二人がにっと笑い合ったところで音楽と共に花火が上がり始めた。  昨年流行ったJーPOPに合わせてリズム良く打ち上げられていく。  その度に窓越しに僅かな振動が伝わってきた。  花火を見るのは久しぶりで、善一はその光のダンスに夢中になっていた。 「善一」  不意に名前を呼ばれて隣を見ると、孝一は真っ赤な顔をして手にした小さな箱を差し出してきた。  孝一はおもむろにその箱の蓋を開けると、現れたのは二つ並んだ銀色に光る指輪だった。 「バドだけじゃない。俺の隣には善一が必要だ。好きだ。結婚してください」  熱烈なプロポーズに、善一の体も思考も完全にフリーズした。  それもそうだろう。  別に、善一と孝一は付き合っていない。  体を重ねるどころかキスもしたことない。  そんな状況で、孝一はいきなりプロポーズをしてきたのだ。  はっきり言って無謀にも程がある。    だが、時間が経つにつれ込み上げてきたのは歓喜だった。   同じ会社に就職して夕方には必ず会えるというのに、高校の三年間クラスが同じで四六時中一緒にいたため、日中会えない時間は自分の半分がなくなったような喪失感があった。    バドミントンをしている時は気分が高揚し、孝一となら何でもできるような気がした。    練習が終わり、善一の家で善一が作った夕飯を食べる時は、孝一の体を構成しているのは自分の料理だと思うと妙な胸の高鳴りを感じていた。  次第にスポーツ選手のためのレシピ本を書い、栄養満点の食事をするのはかなり楽しかった。 ラケットのガットの張り替えで贔屓にしている個人経営のスポーツ店に行き、善一が会計をしている間、先に店から出て待っていた孝一が逆ナンされている時はその女性に酷く嫌悪感を抱いた。  胸の中にどろりと黒いものが渦巻いて、誰に孝一を取られたくないと強く思った。
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