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 シューズがキュッと床を鳴らし、高く舞い上がったシャトルの落下地点にステップを踏んで潜り込む。  左手を伸ばして焦点を合わせ、半身にかると強く床を蹴って伸び上がり、腹筋と背筋を使って海老反りになる。  そのまま落ちてくるシャトルと呼吸を合わせ、後方に引いた右腕を振り下ろしながら手首を返す。  瞬間、パシュンと軽快でいて重いジャンピングスマッシュがネットを越えて相手を突き刺しにいく。  ラケットを持った右手の、ちょうど脇の辺り。  ボディを狙った鋭いスマッシュは相手に動揺を与えたが、彼は不動の県大会王者だ。  瞬時に体をずらしてラケットがシャトルと相手の体の間に入り込む。  トン、と静かな音が響き、シャトルが弾き返された。  スマッシュの勢いのまま返されたシャトルは直線を描いてネットの白線に当たった。  そのままネットの手前で落ちていくと誰もが思った。  だが、勢いが強かったのかシャトルは揺れたネットをコロリと越えた。  手の甲を自身に向けてラケットの角度を調整し、ネット際から相手のネット際にシャトル落とすこと――ヘアピン――に加えて、さらに回転をかけるためにラケットをスライドさせてカットをかけると、シャトルはまたコロリとネットを越えた。  すると、相手も素早くネットに駆け寄ってクロスにヘアピンを飛ばす。  体勢を崩した相手は片足で踏ん張っている。  シャトルに追いついてまたヘアピンを仕掛けた。  油断があったのだろうか。  それはほんの僅か高く宙を舞った。  王者がそれを見逃すはずがない。  目を見張るような脚力でシャトルに飛びつくと、体を翻したまま手首を返して親指でグリップを押すような動きで放たれた強烈なショットが反対側の緑の線ギリギリを撃ち抜いた。  線審は粛々とインを示して右手を真っ直ぐ前に伸ばした。  ネット際の攻防は王者が制したのだ。  瞬間、湧き上がる歓声と拍手の嵐。  ギャラリーを魅了した二人の健闘を讃え、主審のゲームセットの声すら掻き消したそれはなかなか鳴り止まなかった。  赤のユニホームを着た善一の相棒は一瞬唇を噛み締めると自身のコートに落ちたシャトルをラケットで拾い、ネットの上で相手と握手を交わして何事か言葉を交わしていた。  そして、シャトルを主審に渡してコート横に置いていた予備のラケットやタオルをラケットバッグに詰め込み、コートに一礼する。  そして、コートの端に座っていた監督と話しながらフロアを後にした。  善一はその後ろ姿を追いかけて観客席から立ち上がった。  人通りのない裏階段をトットッと音を立てながら降り、一階にある更衣室を目指す。
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