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「この馬鹿者」「この阿呆者」
「お前はどうしようもないヤツだ」
これは、日常的に忠太(ちゅうた)に向けられる言葉の数々だ。
忠太は幼い頃から、そんな罵詈雑言を受けて育ってきた。
教育という教育を受けさせてもらえず、学校という所も聞いた事はあるが通った事は無い。
毎日の様に父の手伝いで、山に鹿や熊の狩りを手伝わされてる。
忠太が12歳になって少し経った頃だ。
明日の狩りで使用する罠の仕掛けを済ませ帰宅すると、父と母は居なくなっていた。
町に買い物にでも行ったのだろうと思い、夕食の支度をして2人の帰りを待っていたが、父と母が帰ってくる事は無かった。
自分が捨てられたのだと悟ったのは、そこからだいたい2週間くらい経った頃だった。
忠太には、友達が居ない。
小さい頃より、罵詈雑言を浴びて育った忠太の性格は、それはそれは捻くれてしまっていたからだ。
たまに、町に出かけた際も楽しそうに遊ぶ同年代の
子らを睨みつけては良くケンカをしていたものだ。
幸せそうな人を見ると、無性に腹が立った。
石も投げた事もある。
盗みだってするし嘘もつく。
だから、忠太には頼れる人も居ない。
しかし、忠太は生きていける。
毎日の様に手伝っていた狩りの知識と技術があるからだ。
自分一人生きていく程度には十分なものだった。
でもやはり。
たまのひと時に、今頃父と母はどうしているだろう。
元気にしているだろうか。
母は、あまり身体が強くない。
父は、腰を痛めていた。
そんな事を思い出す時がある。
ある日、忠太はいつもの様に山へ狩りに出ていた。
時刻は夕刻で、仕掛けていた最後の罠を確認する所だった。
ガチャガチャ。
金属音が、木々の隙間から聞えてくる。
「よしっ。何かかかっているかもしれない。」
ガチャガチャ。ガチャガチャ。
仕掛けていた罠を覗き込むと、そこには一匹の狸(たぬき)が掛かっていた。
「よぉし。狸だ。今日は久しぶりに狸汁が食べれるぞ。」
忠太は足早に、仕掛けに近づいた。
狸は必死に罠から抜け出そうと、ガチャガチャと音を立てている。
日が暮れる前に、下ごしらえまで済ませておきたいものだ。
「狸、お前さんにゃ悪いが、俺の夕飯になってもらうぞ。」
のそりのそり。じりじりと忠太は、狸に近づいていく。
そこで、驚く事が起きた。
「まっ。待ってくれ旦那!」
なんだ?
「誰だっ!」
忠太は、辺を見渡すが人の姿は無い。
それは当然の事で、こんな山深く入ってくる変わり者なんてそうそう居るはずも無いのだ。
じゃあ誰が?
「空耳か・・・・・・」
また一歩、狸に近く。
「待ってくだせぇ。旦那!あっしです。」
俺にアッシなんて知り合いは居ない。
「た、狸です!どうかこの罠を外しちゃあ頂けませんか」
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