ブルーハワイ

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〈ぶちょ〉とは吹奏楽部の部長で、クラリネットのファーストをずっと任されている鈴木先輩のことだった。 「鈴木先輩に〈あんたキライ〉って言われたの?」  話題が突然すぎて、思わず真里亜を連れて食堂に来ていた。夏休みでがらんとしている食堂はもちろんクーラーなんて利いているわけもなく、自由に使える扇風機を点けて、その前のイスに二人並んで腰かけた。 「ねえ、集合時間に遅れない?」  真里亜はのほほんとしていて、私が戸惑っている様子をみても、いまいち事の重大さを理解していないようすだ。 「遅れてもいい。どうせ最初はパート練だし、万年補欠の私とバスクラ転向の真里亜がいなくても問題ないでしょ?」 「そっかぁ!」  真里亜は合点したとばかりに手を打った。 「そっか、じゃないでしょう! バスクラに転向って、楽器はどうするの? 学校の借りるの? それに、バスクラはもう、一人いたでしょ? 一年生が」 「楽器は用意できるまでお父さんの借りることにする。って言っても今日は持ってないけど」 「今朝、言われたの?」 「うん」 「どうして?」 「だから、〈あんたキライ〉って言われて」  私はひざを揺らしながら「そうじゃなくて」といら立ち気に言った。 「真里亜が「おはようございます」って部室に行ったら「あんたキライ」って言われたの? そうじゃないでしょう?」 「そんな感じだったけど……」 「脈略がないって言ってんの!」 「そう? でも、内内に決まってたみたいだよ」 「は?」  内内に……って、どういうこと? もしかして、バスクラに転向させる話は前から出ていた、ということだろうか?  私の顔から内心を読み取ったのか、真里亜はへらりとしたまま「そうみたい」とうなずいた。 「スズはいつも練習が一年生やメンバー以外とだったから知らないと思うけど、結構前から私、外されること多かったんだよね」 「そう言えば私たちとパート練すること増えたなって思ってたけど……もしかして、それ?」 「うん。ウソの練習場所や待ち合わせ時間を教えられててさ。早い話が私、結構前からハブられてたんですよ」  真里亜は「けけけ」とヘンな声で笑って見せる。その笑顔が今の私にはつらかった。 「なんで、もっと早く言わなかったの」 「だってスズ、一年生から慕われてるし、ちゃんと〈先輩〉してるから、ジャマしたくなかったんだぁ」 「……なによ、それ」  それじゃあ、私が間抜けだから真里亜の異変に気づいてなかったみたいじゃない。 「別に、そんなこと言ってないよー」  真里亜はそう言うと立ち上がった。私はおどろいて彼女のうでをつかんだ。 「ど、どこに行くのよ」 「え? 部室。練習しなきゃ」  真里亜はそう言って時計を指さした。午前十一時をさしている。クラリネットはこの後お昼までパート練となっている。午後からは合同練習。  だけど。 「ダメよ」  私も一緒になって立ち上がると、真里亜のうでをそっと離した。 「あんた、荷物は?」 「えっと、ここにあるカバンだけ」  そう言って右手に持っているリュックを軽く持ち上げた。 「じゃあ、部室に戻らなくても良いのね?」 「そうだけど……」 「よし、サボろう」 「ええー」  真里亜は目も口も大きく丸にして私を見ていた。 「ほら、ついてきて」 「で、でもさぁ」 「ついてこないと、絶交よ!」 「それはイヤーっ」  真里亜はしょぼくれた顔で私の後ろをペタペタとついてきた。  私たちは上履きからローファーに履き替えてさっさと校門を出ていった。  パート練しているトランペットのパーンッと甲高い音が背中を押しているようだ。
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