1人が本棚に入れています
本棚に追加
十一時開店の中華屋さんを見つけると、私は真里亜の有無を聞かずに中に入った。真里亜が遅れて入って来る。私は冷房の一番利きが良さそうな四人掛けの席を選んで座った。店内はガラッとしていた。
「ねえ、スズ。本当に良いの?」
「あんた、ヘンなところで真面目なのね」
はじめて入る中華屋さんのメニューをぐるっと見回す。その中で一番キレイな紙に書かれている〈冷やし中華はじめました〉の文句につられて「冷やし中華ふたつ!」と注文をした。おばさんがお冷を持ってやってくると「ちょっと待っててね」と言って厨房にもどって行った。
「真里亜はココ、来たことある?」
「ううん。はじめてだよ」
「私も。冷やし中華、キライ?」
「好きだよ。でもラーメンの気分だった」
「なら冷やし中華でも良いでしょ」
私はお冷をグイッと飲み干すと、ひじをついて真里亜を見つめた。真里亜はあからさまに戸惑いを見せた。
「な、なにかな」
「真里亜はさ、なんで吹奏楽部にこだわるの?」
「どういうこと?」
真里亜は本当に分かっていないような表情で答えた。私は小さくため息をつきながら説明する。
「正直、部活中は同じ楽器といっても別行動が多かったけどさ、それでも気づいていたよ? 真里亜が先輩たちに……なんていうのかな、目の敵にされてるなって」
「あははー、バレてたんだ」
「だれにでもってわけじゃないと思うけどさ。少なくとも、私は分かってた……だから……」
「だから?」
「……いら立つのよ。もっと早く、何とかなんなかったのかなって。私が、ね」
真里亜から視線を外して、私は壁掛けのメニューを見ているふりをして真里亜が何か言うのを待った。でもしばらく待っても何も言わないから視線を戻すと、真里亜の大きな両目にはなみだがうかんでいた。
「ちょっと、なに泣いてんのよ」
「スズぅ」
私は慌ててリュックからハンドタオルを取りだすと真里亜の顔に押しつけた。
「こんなところで泣くんじゃないよ」
「うううぅぅぅ」
堰を切ったように泣きだした真里亜は、しばらく泣き止まなかった。冷やし中華が来てもまだ泣いていた。
「……ら……」
「ら?」
真里亜がようやく口を開いたと思ったら、いつもの間抜けな笑顔でこう言った。
「ラーメンだったら、のびてたねぇ」
「冷やし中華で正解だったでしょ」
「あはは」
私は真里亜が泣き止んだと判断してタオルを回収してリュックに押し込んだ。そのときスマートフォンが点滅しているのが見えた。真里亜はティッシュで鼻を噛んでいる――私はその隙にスマートフォンをチェックした。そこには例の〈ぶちょ〉さんから『無断遅刻・無断欠席はバツ掃除よ』と書かれたメッセージが来ていた。私は既読無視を決め込んでスマートフォンもリュックの奥底にしまった。
最初のコメントを投稿しよう!