ブルーハワイ

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 中華屋を後にした私たちは、ちょうど目の前を通ったバスに乗り込んだ。  どこに行こうとか決めていなかったけれど、三つ先の〈海岸前〉のバス停で降りることにした。  海岸に降りる階段に腰かけると、私の持っていた日傘をさして、二人で傘の中で話し始めた。 「真里亜はさ、大学とか決めてるの?」 「音大だよ」 「でしょうね」  私はうなずいた。真里亜のクラリネットの腕前があれば、どこの音大にでも入れることだろう。 「スズは?」 「私は、たぶん、普通の……私大かな」 「頭は良いもんね」 「へーへー、クラリネットは下手くそですよーだっ」 「そこまでは言ってないのに」  真里亜はクスクス笑う。それを見てようやく私は思っていたある考えを口にできた。 「ねえ、私たち、部活やめない?」 「え?」  真里亜はその大きな目をまた丸くした。けれど、今度はすぐに元の大きさに戻って「そうだね」と笑った。 「私も、クラリネットから外されたとき、それ、考えた。もともと音大に行くための加点が目的だったっていうのもあるし……。でも、スズもやめる必要はないよね?」  私は不敵に笑って「分かってないね、真里亜は」と言った。 「あんたは私と課外活動するのよ」 「課外活動? ゴミ拾いとか?」 「真里亜はそんなことがしたいの?」 「そうじゃないけど……それ以外に課外活動って何かある?」  私はずっと真里亜に秘密だったことを明かすときがきた、と思った。 「私、実はピアノが弾けるんだよね。ぶっちゃけ、クラリネットより上手いぐらい」 「あ、知ってる」 04ccee50-4977-41c1-a73e-60a60545d8bc  真里亜はあっけなくそう答えた。むしろ私がおどろかされる番だった。 「知ってるの? なんで!」 「音楽室で弾いてたことあるでしょ? 偶然みてたんだ」  知られていた……私はカアッと顔が熱くなった。 「でもウチの学校でピアノが弾ける部活ないもんね。軽音楽部のキーボードぐらい?」 「そう。でも軽音楽部は私には華やか過ぎたの……」 「スズはちょっと地味……じゃなくて、奥ゆかしいもんね」  真里亜はうんうんとうなずいている。「地味」と言ったことはともかく、わかってくれてうれしかった。 「それで、さ。真里亜はサックスだって吹けるでしょう? クラリネットでもいいけど、私と一緒に演奏しましょう? ジャズとか、JPOPのアレンジとか」 「あ、そういうの! いいね、やろうよ!」 「……え、即答?」  私は真里亜があまりにもすぐに「イエス」と答えるものだから、逆に不安になってしまった。 「いいの? 部活とかじゃないから、自分たちで練習場所確保したり演奏場所を見つけたりするんだよ?」 「そういうのが得意な知り合いがいるから、心配しないで。それより、私、とってもうれしいんだよ」 「真里亜?」 「スズが、私とそう言うことがしたいって考えてくれて。たとえ卒業まででも、吹奏楽部で嫌な思いしながら続けるぐらいなら、スズと行き当たりばったりにいろいろやってみたいよ!」  今、私たちは高校二年生。そして、夏。進学のことをお互いに考えるとすると、あと一年しかこの〈課外活動〉はできない、ということになる。  それでも、私は、やりたい――。  私はおもわず真里亜のショートヘアーをわしゃわしゃとなでた。すると真里亜もお返しとばかりに、私のロングヘアーの先をもてあそび始めた。 「それじゃあ、真里亜。まずはバンドってことで、名前を決めないとね」 「あ、かき氷屋さん!」  真里亜は私の言葉を無視して、海岸の向こうにかき氷の店を指さすと立ち上がった。 「ちょっと真里亜、聞いてるの?」 「暑いんだもん! かき氷食べながら決めよう!」 「はあぁ。はいはい」  先に走り出した真里亜を追いかけて、私は真里亜の分と自分の分の二つのリュックを持って歩きだす。かき氷屋からUターンしてきた真里亜の手には二つのかき氷がのっていた。  二つとも、青かった。  私は眉を寄せる。 「ちょっと、私、かき氷はイチゴ派なんだけど」 「えー、ブルーハワイ一択でしょ!」  そう言いながらリュックとかき氷を交換すると、汗をかきながらかき氷を食べつつ、バス停に向かって歩きだした。 「あ、ねえねえ、スズ!」 「なによ」  私はキンと痛む頭をかばうようにゆっくりシャリシャリと、かき氷を口に運んでいく。その横ではもう食べ終えた真里亜がひょこひょこ跳ねながら手をあげていた。 「今日が二人のバンド組んだ記念日にしよう!」 「はいはい」 「それで、バンド名はブルーハワイ!」  私は思わず手元のかき氷を見つめた。氷が溶けてほとんど水になってしまったブルーハワイ。なるほど、ここから命名したのか、と。 「……私、かき氷はイチゴ派なんだけど?」 「じゃあ、イチゴかき氷にする?」  真里亜は首をかしげながらそう尋ねた。これが彼女の〈素〉なのだから、参ったものだ。私は大きく息を吸って答えた。 「ダサい!」 「でしょー?」  私たちはひとしきり笑うと、「いいよ、ブルーハワイで。なんかかっこいいし」と真里亜に言った。
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