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【最終話】第70話 2年1組の日常
翌日、教室に入ると浜内と福井が既に登校していて、成瀬を見ると手を上げて声をかけた。
成瀬は早速、福井に借りていたノートを返す。
「福井、ノートありがとう。助かったよ」
福井は気にするなと首を振る。
「これで成瀬が遅れをとって成績に響いても困るからな。俺はいつだって、全力の成瀬を負かせたいんだからさ」
手を腰に当てて、ふんと鼻を鳴らす福井。
福井も大概素直ではない。
「あ、俺にもそのノート貸してよ。その時間寝てたからさ、ノートとってないんだよねぇ」
その福井のノートに手を伸ばす浜内が言った。
福井はすごく嫌そうな顔をして、ノートから浜内を遠ざける。
「寝てたやつには貸さねぇよ。ってか、成瀬の事を心配しながらよく寝れるよなぁ」
逆に感心するように言った。
あの状態で、授業中寝られた奴はほとんどいない。
しかもその後、病院まで駆けつけて、浜内は何を考えていたのだろうかと思う。
「俺はどんな状況でも眠れるのが長所なんだよ!」
「お前は芸能人か、何かか!?」
浜内が決め顔で答えるセリフに、福井が欠かさず突っ込む。
この2人もすっかり仲良くなっているようだった。
「でも、福井のノートを浜内が借りるのはお勧めしないよ。俺も解読するのに少し時間がかかったからね」
成瀬はそう言って笑う。
つまり、福井のノートは字が汚すぎて普通の人間では読めないということらしい。
福井は真っ赤な顔をして、この恩知らずと成瀬を罵った。
浜内は理解できずに、ノートは暗号で書かれているのではないかと想像していた。
「ここは動物園なの? 朝からキィキィうるさいんだけど!」
相変わらず毒舌な発言で現れたのは雨宮だった。
それを聞いて、福井が振り向き雨宮を睨みつける。
「お前の方が声デカいんだよ! 雨宮の場合は声だけじゃなく態度も人一倍デカいけどな!」
雨宮の嫌味に対抗する福井。
これも毎度見る光景となった。
今までは成績順位表の上で戦って来た2人だが、最近では日常でもこうして言い合うことが増えた。
そんな2人の横で、草津がそそくさと成瀬の隣に立った。
そして、成瀬の手ひらに1枚のクッキーを置く。
「元気出せ、成瀬!」
草津的には成瀬を慰めているつもりらしいが、クリームサンドの上のクッキーがなくなって、クリームがむき出しになっていた。
上にのっていたクッキーはどこへ行ったのだろうか
恐らくは草津の口の中だろう。
成瀬はひとまずありがとうとお礼をする。
草津は満足そうな顔で微笑んだ。
「成瀬君が入院したんですって!?」
そう言って思い切り教室のドアを開けて来たのは波佐間だった。
波佐間は噂を聞きつければどこからでも現れるらしい。
「俺は入院していませんよ。母が入院しているんです」
成瀬は呆れながら波佐間に答える。
今度は彼女の後ろからついて来ていた菰田森が彼女を窘める。
「だから騒ぐなと言っただろう。お前、下級生に迷惑かけすぎなんだよ」
この2人は仲が悪いのか良いのかわからないがこうしてよく一緒にいた。
そして、その2人が現れるということは彼も一緒だということだ。
「心配することはない! 僕の微笑みでいつだって成瀬君を癒してあげるよ。女子に振られたからって落ち込むことはない!」
身体の周りをキラキラしながら現れる早乙女。
話しがどんどんややこしくなっていく。
「俺はフラれていませんし、先輩の癒しもいりません」
成瀬はひとまずそう言って、波佐間と早乙女を教室から追い出した。
この2人がいると教室がいつもの3倍はうるさくなる。
ぶつぶつ言いながら帰っていく先輩を見送っていると反対側から廊下を歩いて来る桜井と目が合った。
桜井は一瞬、成瀬を睨みつけて顔を背ける。
彼も相変わらず成瀬を好いていないようだった。
そんな中、桜井の後ろから誰かが彼の名を呼んで近付いて来るのが見えた。
「桜井君、おはよう! 昨日の数学の宿題出来た?」
それは4組にいる目立たない井上という男子生徒だった。
桜井は振り向き、「なんとか」と一言答える。
あれから桜井が教室で孤立するということもなくなったらしく、成瀬も安心して彼らを見送ることが出来た。
成瀬が教室に入ろうとした瞬間、誰かが成瀬の横をすり抜けて部屋に入って来た。
そして、浜内の背後からスリーパーホールドをきめていた。
「浜内せぇんぱい! おはようございますぅ」
百崎が機嫌よく浜内に抱き着いていた。
しかし、浜内は最早顔を真っ青にさせて、百崎の腕を叩いている。
「頚動脈が、頚動脈が閉まるから……」
このままでは失神間違えなさそうだ。
それを見た草津が今度は浜内を椅子から引きずり降ろしアームロックを食らわせていた。
浜内はいたたたと声を上げて訴えていたが、2人とも互いを睨み合うだけで放そうとしない。
それを通りすがりで見ていた高坂がドンマイと言って笑い、阪木はカウントダウンを始めていた。
「ってか、2人とも助けてよ!!」
浜内の悲痛な叫びはクラスメイト達には伝わらなかったようだ。
そんな場面になぜか生徒会長の泉と会計の茅ケ崎が出くわし、真っ青な顔をしている。
確かに教室に入ろうとした瞬間に目の前でプロレス技を女子から掛けられていたらだれでも驚くのも当然だ。
泉はあわあわしながらクラス委員の成瀬にプリントを渡した。
「こ、今度のクラス委員会の話し合いの題目。結城さんと確認しておいてね」
成瀬はわかったと頷き、後ろでがん見している千ヶ崎を見た。
彼は震えながらその光景を見て、口を手で抑えていた。
「……新たな愛のカタチ?」
「いや、たぶん違うと思う」
成瀬は茅ケ崎の為にとりあえず訂正しておいた。
浜内の横を通る女子たちもそんな浜内を見て、きもっと囁いた。
相変わらず浜内のクラスでの扱いは散々のようだ。
そして、そんな中でもう1人の生徒が教室の中に入ってくる。
スカートの中にジャージを着て、眠たそうに欠伸をしながら登校する女子生徒。
結城だ。
結城は浜内の姿を見て、残念な物でも見るような顔で顰めた。
「ちょっと、結城までそんな顔しないでよ。ってか、まじでそろそろ落ち……」
その瞬間、浜内が意識を失い、それに気が付いた百崎と草津が必死に浜内の名前を呼んだ。
失神させたのは彼女達なのだが、その辺は全く気にしていないようだった。
結城はそんな騒動に目もくれず、いつものように自分の席に着き、鞄を横に置いた。
「結城さん、おはよう」
成瀬は結城に近付き、挨拶をする。
結城も顔を上げて、成瀬を見た。
「はよう」
いつもと変わらず不愛想な素っ気ない挨拶。
けれどそれがむしろ結城らしくも感じる。
そして、結城はそのまま机に伏せて寝た。
そんなことをしているとホームルームのチャイムが鳴って、クラスはあわただしくなった。
百崎も「先輩また来ますね」と言い残して教室を出た。
それと入れ違いに、担任が教室に入ってくる。
「ホームルーム始めるよ!」
担任は出席簿を叩きながら、生徒を席に着かせた。
そして横目で失神している浜内を見つけ、隣の席の松井に声をかける。
「松井、今すぐ浜内を起こせ!」
「はぁ私がですか!? めっちゃ嫌なんですけど!!」
「いいから! 隣の席なんだから我慢して実行!」
担任はぶつぶつ言う松井を叱って、教壇の前に立った。
松井の連発ビンタで浜内は意識を取り戻した。
そのタイミングで担任は嬉しそうに言った。
「文化祭も修学旅行も終わった。浮かれ気分は今日で終わり! みんなわかっているわよね?」
クラスメイト達が担任を見ながらつばを飲み込む。
「最後のしめは期末テストよ! 学生の本分は勉強ですからね!!」
彼女はそう言って満面の笑みを見せつける。
これが成瀬のクラス2年1組の日常だった。
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