第13話 社会見学

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第13話 社会見学

あまりにひどい進路希望だったため、担任は3人を呼び出し、社会勉強をしてくるように言った。 成瀬の進路に文句をつけるつもりはなかったが、もう少し上を目指すためにもいろいろと社会を学ぶ必要があると思ったのだ。 それに対して2人は、完全に世の中をなめきっている。 浜内に関しては、自分の現段階の偏差値と希望大学の偏差値の差があまりにでかい。 両親が医者だから、医大を目指すのは理解していたが、都内でも屈指の医大を選ぶのは早計すぎる。 今の段階では、名前だけの医大にすら合格できるかわからないのだ。 なぜ、浜内のような生徒がこの高校に入学出来たのかさえわからなかった。 そして、結城に関しては、説教をする気も失せた。 居酒屋経営はいいとして、企業拡大などそう容易くはない。 成功した人だってそう数はいないのだ。 毎日勉強に励むでもなく、授業は毎日爆睡、家で勉強に勤しんでいるわけでも、予備校に通っているわけでもない結城が漠然と企業することとは現実的ではないと思った。 担任は3人が社会に対して無知であるのだと判断し、社会勉強をしてくるように言った。 例えば、それぞれの親御さんの会社に見学に行くとか、どこかの会社にアポを取って話を聞くなど不可能ではない。 自習性を重んじるためにも、その辺に関しては3人に考えさせることにした。 そして、最後にレポートの提出を義務付ける。 成瀬はレポート用紙を眺めながら、2人に尋ねた。 「どうしようか? 社会勉強って言ってもどこへ行っていいかわからないよ」 ひとまず休日に3人は街で待ち合わせをして、社会勉強のためにどこかの企業にあたる予定だった。 しかし、休日だと大半の会社が休みだ。 行ける企業などたかが知れている。 「てか、『酒場とおる』で良くね?」 結城は珍しくふざけた表情で提案した。 単純に帰りたいだけだ。 2人はしけた顔で結城を見つめる。 結城もすぐに不愉快な顔に戻った。 「今日は仕事休んでまで来てるんだぞ。社会勉強とやらを早く終わらせて帰ろうぜ」 結城は焦る気持ちを抑えながら言った。 本来の結城なら今日は1日中、店の手伝いをする予定だった。 せめて、夕方には帰宅して手伝いたい。 どうも、父親の勝だけでは心もとないのだ。 成瀬も同じようにアルバイトを休んでいるが、久々に友達と遊びに来ている心境だったので悪い気分ではなかった。 しかも、なかなか遊びに出かけることの少ない結城が一緒にいるのだ。 彼女を知るきっかけにもなるかもしれない。 浜内もいることだし、この機会に結城が話せる相手を増やしておきたかった。 浜内と言えば、完全に休日に街に遊びに来たテンションだった。 社会勉強など名ばかりで、単純に遊びたかった。 例えばボーリング、カラオケ、ショッピング、メイド喫茶だって企業に、つまり社会に関わっているのだから、社会勉強には変わりないと判断していた。 もう、遊ぶ気満々だ。 「とりあえず、あそこいかね?」 浜内は目の前にあるビルの2階を指さした。 そこには『ネットカフェ24時間OK』と書いてあった。 「ネットカフェ?」 成瀬は看板に書いてある文字を読む。 成瀬もネットカフェの存在は知っていたが、まだ入ったことはなかった。 「俺、ここの会員カード持ってんだよ。調べものをするにもちょうどいいだろ?」 自慢げに浜内は自分の財布から会員カードを取り出した。 そして、2人に見せつける。 「でも、ネットカフェじゃ、社会勉強にならないんじゃぁ」 成瀬は心配して言ったが、浜内は成瀬に肩を組んで答えた。 「いやいや、ネカフェを甘く見ちゃいかんぞ。ここには現社会の便利さを集約したツールが詰まっている! 例えばネット検索。携帯もパソコンも持ち合わせていなくても、すぐにレンタルし使え、そしてあらゆる情報を引き出すことが出来る。そして、種類豊富な漫画や雑誌。これほどの情報網が詰まった環境はあるまい。今や漫画こそが日本文化だと言っても過言ではない。そして、豊富な飲食のサービス。タブレットで注文した料理が即座に届き、ドリンクにおいてはセルフサービスの飲み放題だ。人件費を使わず、ここまで利用者を満足させられる企業があるだろうか。むしろ現代社会の縮図とも言っていい!!」 成瀬も結城も浜内の熱意に完全についていけなかった。 しかし、一度も利用したことがなかった2人にはネットカフェは未知なる世界である。 社会勉強といえばそうかもしれないと納得していた。 そして、頭がいい奴ほどこういう部分ではちょろいということを浜内はよく知っている。 彼は完全に頭の使い道を間違えていた。 浜内の案内で2人はネットカフェに来店した。 入った瞬間に異様な雰囲気が漂っている。 暗い店内。 いくつも並ぶ本棚にびっしり詰まった漫画や雑誌。 入り口付近にはドリンクバーとソフトクリームや味噌汁までおいてあった。 そして奥には背丈ほどの仕切が並び、中が微妙に見えないように囲っている。 中には机とパソコンだけが並んだ隔たりのないスペースもあったが、そこでも個人を尊重された空間が出来ていた。 結城は物珍しそうにその高い本棚を眺めながら、浜内について行く。 そして、たどり着いたのはカラオケボックスを少し狭くしたような部屋だった。 壁は低く、立ち上がると顔が突き出た。 どうやら完全な密室ではないようだ。 「そう言えば、お前らって漫画読むの?」 浜内はパソコンに電源を入れながら聞いた。 この部屋にはパソコンが一台しかない。 その代わり、クッション型のマッサージ器がおいてあった。 それを結城が興味津々に見ていた。 「漫画? 読むよ。『アオハライト』とか『君に続け』とか、そう言えば最近は百人一首の漫画『ちあやふる』とかもはまってるかも」 「全部少女マンガじゃねぇか」 浜内はげっそりしながら答えた。 「まあ、自分で買うことないから、妹に借りるんだけどね。 馬淵光君とか風早翔汰君とかカッコいいよね。優しいし、気遣いできるし、女の子が好きになっちゃうのもわかるよ」 成瀬はにっこり笑って答えた。 浜内は内心、お前が言うのかと成瀬の天然っぷりに心底腹を立てていた。 「で、結城は読むの?」 今度は結城にも聞いてみる。 結城はすっかりマッサージ器の虜となっていた。 日頃の仕事の疲れを癒している。 「そうだな、『北斗の剣』とか『ジュジュの冒険』、後は『ゴルゴ14』とか読んでるぜ」 「全部絵が濃ゆい漫画ばっかじゃねぇか。お前の趣味はおっさんか!?」 浜内はつかさず突っ込む。 マッサージ器のおかげで結城は気分が良かったが、浜内の一言で台無しである。 「全部親父が持ってる漫画なんだよ」 結城はむっとした顔で答える。 その間にパソコンが立ち上がり、浜内はすぐにネットを開いた。 「で、お前らはどこに見学に行きたいんだ?」 浜内はパソコン画面を見つめながら2人に聞く。 成瀬は顎に手を置いて考えた。 「なんだろう。幼稚園とか保育園とか、老人ホームもいいよね」 「それじゃぁ、結局お前の進路変わんねぇじゃん」 「なら、あれはどうかな。動物園とか水族館とか楽しそうだよね?」 成瀬は目をキラキラして答えた。 もう発想が乙女である。 でも、動物に興味を持って夢が獣医とかになれば、担任も納得する結果になりそうだ。 「結城は何かあるか?」 今度は結城に聞いてみる。 「鳥王族とか、和田見とか、つぼ七とか……」 「それ全部居酒屋チェーン店だよな」 浜内は大きなため息をついた。 「まずは飲み物を取りに行くか……」 ひとまずドリンクバーで気分転換することを提案する。
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