第14話 ネットカフェ

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第14話 ネットカフェ

3人がドリンクバーに向かうと異様な光景がそこにはあった。 真面目そうなサラリーマンがスーツ姿でドリンクバーと真剣に向かい合っていたのだ。 手にはグラスが握られ、何を選ぶか慎重に選んでいる。 まずはとオレンジジュースを3分の1、正確に入れる。 そして即座にカルピスソーダをやはり3分の1入れる。 最後にメロンソーダを加えて、その上にソフトクリームを綺麗に形作るように乗せた。 男は非常に満足している様子だった。 「これこそ真のメロンソーダ・キッズ・フロート! 完璧な仕上がりだ!!」 男は誇らしげにそのグラスを掲げて叫んでいた。 そして、後ろで茫然と眺めている学生3人に気づく。 非常に気まずかった。 そして、恥ずかしかった。 男は慌てて手に持つグラスを隠し、顔を背けた。 「何このおっさん、頭大丈夫か?」 浜内は完全に引いていた。 隣にいた結城も同様である。 「やべぇやついんじゃん」 しかし、成瀬だけは違った。 彼はその男を見て、動揺していた。 「……お父さん、なんでこんなところにいるの?」 その言葉に一気に二人が振り向いた。 「「お父さん!?」」 そう、この男は成瀬一臣(かずおみ)。 成瀬の父親である。 「やあ、蓮君。奇遇だね」 気まずそうに一臣は振り返り成瀬に手を上げて見せた。 2人の間に異様な雰囲気が流れた。 4人はひとまず例の個室に集まった。 あれから成瀬はずっと黙っている。 一臣も話しづらいのか、3人の為に飲み物を持ってきて机に並べた。 その飲み物を見て、浜内が尋ねる。 「あの、これなんすか? 普通にコーラとかじゃないですよね?」 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに一臣は目を輝かせる。 「それはね、コーラメロン強ソーダだ!コーラを半分、メロンソーダを3分の1、そしてそこへ通常の炭酸を加えた僕のオリジナルだよ。それと蓮君にはね、オレンジシュースとアイスティーを混ぜて、ガムシロップを加えた南国風トロピカルアイスティーだよ。ポイントとしてはね、氷を少し多めに入れることなんだ。レモンティー用のレモンものせると更に雰囲気が出るでしょ? そして女の子にはコレ! カルピスとオレンジジュースを混ぜて、更に上からアイスティーを入れたんだ。グラスの中にグラデーションが出来てインスタ映えも抜群なんだよ!!」 一臣は満足した様子で言った。 浜内の中の成瀬の父親像が崩壊していく。 今どきの官僚とはこんな人が多いのだろうか? そして、目の前のグラスを見た結城がそっと一臣の前に戻した。 「私、甘いの苦手なんで自分でコーヒー持ってきます」 そうあっさり答えるとそのまま3人を残して立ち去って行った。 一臣はあまりにショックなのか、再び黙ってしまった。 更に気まずい雰囲気になる。 そして、やっと成瀬が口を開いた。 「お父さんがこんなこと知っているってことは、もうここの常連なんよね。お父さんは不倫相手の女の人と一緒に暮らしているから帰って来られなかったんじゃないの? お母さんも葵もお父さんが帰って来なくて、どんなけ辛い思いしてきたかわかっているの!?」 成瀬は珍しく怒っていた。 こんなに取り乱す成瀬を浜内は見たことがない。 「ごめん……」 一臣は素直に謝った。 しかし、成瀬は許す気にはなれなかった。 「ごめんなんかじゃないよ! こんな場所に入り浸るぐらいなら、うちに帰ってくればいいじゃないか!? どうしてお父さんはいつもそうなんだよ。俺たちに何にも話してくれなくてさ、何でも勝手に決めるんだ。家を出て行った時も、黙って出て行ったじゃないか!?」 ネットカフェ中に響く声だった。 浜内は慌てて成瀬を宥める。 一臣は何も言えなかった。 いつものように俯いて、黙っているだけだ。 そこへホットコーヒーを持ってきた結城が戻ってきた。 手にはチョコレートが握られている。 そして、そのまま気まずい部屋の中に入り、何食わぬ顔をしてコーヒーを飲んでいた。 ついでに買って来たチョコも食べる。 「って、なんでお前はこの状況で平然と出来るんだよ。それに甘いものは嫌いじゃなかったのか?」 浜内が耐えかねて結城に質問した。 結城は不思議そうな顔をして答える。 「これはカカオ70%のチョコだ。ただのミルクチョコは苦手だが、これなら食べれる」 「じゃなくて、今、成瀬たちがこういう状態なのに、なんでお前はいつも通りなんだよって聞いてるんだよ!?」 昔から結城の無神経さには腹が立っていた。 しかし、今日ほど腹立たしい事はない。 これは見世物などではないのだ。 この数年間、成瀬は本気で家族との関係に悩んでいた。 それを知っている浜内だからこそ、無神経な結城の態度に黙っていられなかったのだ。 しかし、結城はいつもの冷めた表情で答える。 「これは成瀬の問題だ。私たちには関係ない」 結城の冷たい言葉に浜内は睨みつける。 「母親の時は私も手を貸した。あの時は、葵もいて見ていられなかったからだ。それにあの母親はアルコール依存症だ。まともに話して理解し合える相手じゃない。でも、今回は違うだろう。ちゃんと手の届く範囲に父親がいる。素面で冷静に話し合いが出来るはずだ。そんな場所に赤の他人の私たちが入るべきじゃない」 「けど!」 浜内は言い返そうとしたが、結城は無視をして成瀬に話しかける。 「成瀬。せっかく会えたんだ。言いたいことはちゃんと言っておけ。男同士だから言えることもたくさんあるだろう。まずはお前が父親の理解者になってやれ」 「理解者って……」 成瀬は顔を上げ、結城の顔を見た。 結城の真剣な表情が見える。 「家族がそばにいても孤独なことはある。理解されないと感じて淋しくなることもある。私には不倫をする奴の気持ちは知らないが、黙って家を出て行く奴の気持ちはわかるからな。お前の言うように、杏子も葵も父親に出て行かれて悲しかったんだろうよ。けど、出て行く奴だっていい気分なわけじゃない」 「でも、お父さんには不倫相手が……」 「不倫相手がいるのに、こんな場所に入り浸る理由は何だよ。今、一番、こいつの近くにいるのはお前だろ? ならお前が一番にこいつの気持ちを聞いて、あの2人に繋いでやれよ」 結城はそう言って小さく笑った。 あの時の事を思い出した。 葵がおしゃれをして街に出かけた時、その姿を見て笑っていた。 微笑ましかったのだ。 結城は口にはしないが、人の事を良く見ている。 葵が母親に対して淋しい想いをしていたことも気が付いていた。 そして、母親の杏子の気持ちもどこかではわかっていたのだと思う。 だから、今回も結城は成瀬に逃げないで向かい合えと言っているのだ。 結城はひょいと浜内を手招きする。 浜内は納得いかないようだったが、結城の指示通り立ち上がって部屋を出て行った。 そして、成瀬たち2人きりになった部屋に再び沈黙が戻っていた。 「大丈夫なのかよ、あの2人」 むすっとした顔で浜内が結城に聞く。 結城はちゃっかりコーヒーとチョコレートを持ち出していた。 彼女はチョコレートを咥えていたので、何を言っているのか聞き取れなかった。 「喋るなら、食べ終えてから言えよ」 浜内の言うように結城は口の中のチョコレートを飲み込んだ。 そして、コーヒーで口の中を潤した後、答える。 「大丈夫だろ、成瀬なら」 「なんでそう言い切れるんだよ」 「そんなの、親友のお前が一番わかってるんじゃないのか?」 結城はそう言ってその場から離れて、本棚の漫画を眺め始めていた。 結城の口から親友という言葉が出た時、浜内は少し恥ずかしい感じがした。 実際に成瀬と親友だなどと確かめたことはない。 ましてや成瀬は学校でも人気者。 成績でも女子の人気でも下位の自分が成瀬とは釣り合えるとは思えなかった。 それでも成瀬は気にせず、自分と仲良くしてくれる。 それが浜内にはとても嬉しい事で誇らしい事でもあった。 だから、成瀬以外の人間に親友と言われたことが嬉しかった。 「で、どの漫画が面白いんだ?」 結城は浜内に質問する。 「お前、今から漫画読む気かよ?」 「そりゃお前、こんなに漫画が並んでるんだぞ。読まなきゃ損だろう」 浜内はにんまりと笑った。 自分にも結城に教えられることがあったとは意外だ。 「この辺の漫画はどうだ? これなんかもおすすめだぞ」 浜内はそう言って何本か漫画を抜いて見せた。 結城はそれをじっと見つめる。 「お前の選ぶ漫画の女は、みんな胸ばっかでかいな」 そのセリフに浜内は吹き出す。 「そんなに僻むなよ、ゆうきぃ」 結城の何かがぷちっと切れた音がした。 そのまま本棚にある本を大量に引き抜いて浜内に投げつける。 浜内も必死で逃げていた。 「お客様! 他のお客様にご迷惑です!!」 店員の注意する叫び声が響いた。
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