第17話 中間テスト期間

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第17話 中間テスト期間

「であるからして、この部分の公式は――」 数学の教師が黒板の前で説明をしていると、授業終了のチャイムが鳴った。 説明の途中だったが、教室内の雰囲気は一気に解放される。 居心地悪そうに数学教師は教科書を閉じて、講義を終わらす。 「今日の部分はしっかり勉強しておけよ。今度の中間テストに出すからな」 そう言って数学教師は教室を出て行った。 授業が終わると真っ先に浜内が重いため息をつく。 中間テストが近いからである。 「学園生活にとって最大の苦行はテストだよなぁ」 浜内は成瀬に向かってぼやいていた。 成瀬は机の上の教科書などを整理して、机の中に収めた。 そして、次の授業の科目の教材を出す。 「まあ、これも受験に向けての訓練と思ったら気が楽じゃない?」 成瀬は浜内の方に振り向き答える。 しかし、浜内のその歪んだ表情は変わらない。 「それにさ、数学の三角先生は親切だと思うよ。中間試験のでる箇所を事前に教えてくれるんだから」 成瀬は必死でフォローするが浜内には届かない。 「いや、数学で出る範囲教わっても、結局丸々同じ問題が出るわけじゃないから意味ないっしょ!」 「もう、浜内はほんと、性格が捻くれているわよね」 二人に近付いて話しかけてきたのは、雨宮だった。 後ろから草津も棒キャンディーを咥えながらついて来ている。 「中間試験は期末試験より範囲狭いからいいけど、やっぱり自信ないわ」 雨宮は近くの机に身体をもたれて言った。 浜内には雨宮のその言葉が意外だった。 「雨宮が自信なかったら、大半の生徒が自信ないだろう?」 「私は成瀬や福井みたいに天才じゃないもの。こう見えても影で努力してるタイプなの」 雨宮は軽く笑いながら言った。 彼女は福井や成瀬ほどではないが、成績はいい方だ。 既に受験に向け予備校にも通い、常に真面目に授業も聞いている。 実際、部活が終われば塾へ行き、自宅で自主勉強もしていた。 彼女はクラス一の努力家とも言っていい。 しかし、成瀬も雨宮が言うほど天才ではない。 今は部活やバイトで時間は取れていないが、空いた時間は勉強に使っている。 どの授業も余すことなく教師の言葉を聞いて、几帳面にノートにまとめていた。 「ってか、成瀬君のノートすげぇ几帳面じゃない?」 そう言って成瀬のノートを勝手に覗き込んでいたのは、棒キャンディーを持った草津だった。 草津は浜内ほどではないが、クラスでは半分以下の成績だ。 授業中も前半までは集中できたが、後半はほとんど眠気に勝てていない。 「成瀬君のノート借りたら、あたしも少しはいい成績とれっかも!」 良い事を思いついたと言わんばかりに草津は騒いでいる。 それをどこからか、聞きつけたクラスの女子たちが再び集まってくる。 「草津さんずるい! 私も成瀬君のノート借りたい」 「私も! 私も! というか、成瀬君、私に直接勉強教えてぇ」 調子のいいことを言ってくる女子に他の女子が私もと対抗意識を向ける。 その慌ただしさに、成瀬はどう対処すればいいのかわからなかった。 すると、雨宮が成瀬の代わりに女子たちに話しかける。 「あんま、成瀬に負担かけるの、辞めなよ。大体、試験勉強は一人でするものでしょ?」 雨宮のきつい言葉に女子たちは黙る。 不満はあるのだろうが、クラスの代表の女子ともいえる雨宮に言われると文句を言い返せない。 そんなところに全く空気が読めない浜内がとんでもない提案を口にした。 「なら、結城に聞けばいいじゃん。結城って学年1位なんだろ?」 は? とすごい形相で女子たちが浜内を見てくる。 浜内もそんな反応をされると思わず、戸惑った。 そこに、成瀬のフォローが入った。 「俺も聞きたいかも。結城さんっていつもどんなふうに試験勉強しているのか」 確かにと雨宮も机に伏せて寝ている結城を見た。 結城は授業中基本寝ているし、どこかで勉強しているようには見えない。 彼女には時間がなくても効率よく勉強出来る方法を知っているかもしれないのだ。 不本意ではあるが、女子を代表して雨宮が結城の席の前に立った。 「ちょっと結城さん、聞きたいことがあるんだけど!」 結城に聞こえるように耳元で大声を上げて質問する。 結城は不機嫌そうな声を出して、顔を上げた。 なぜだか、お互いに睨み合っている。 「結城さんって普段はどうやって勉強しているの?」 「は? 勉強?」 なぜそんなことを今のタイミングで聞かれるのか結城にはわからなかった。 それに対し、雨宮は頭に手を置いて大きく息を吐く。 「もう中間試験近いのよ。結城さんもさすがに勉強しているでしょ?」 「そうか、もうそんな時期か」 結城はすっかり忘れていたようで、雨宮の言葉で自覚した。 そういう反応すら、雨宮はイライラさせられる。 「教科書読んで終わり。それに授業中の教師の声聞いたら、だいたい出る場所がわかる」 言っている意味が分からず、雨宮は聞き返してしまった。 結城は授業中、基本爆睡しているからだ。 授業など聞いているようには見えない。 「学校の試験なら、基本教科書の中からしか出題されない。それに試験期間中になれば教師が出したがっている場所をちょっと強調的に話すんだ。そもそも作る側から考えれば、どんな場所を出したいかわかるし、今までの試験内容を振り返って考えれば、自ずと覚える場所は決まってくるだろう?」 成瀬はそれを聞いて感心した。 結城がそこまで考えて試験を受けていたとは思わなかったのだ。 それでも常人にとっては難しい話だ。 読めばわかるとか、言われなくても察すれるなど結城のような奴にしか言えない言葉だった。 それは雨宮だけでなく、他の女子たちも同様だ。 つまり、結城ほど天才的な人間はいない。 「なら、今回の中間試験もお手並み拝見ね。あなたなら首位も確実でしょ?」 雨宮の言葉に結城は面倒くさそうに答えた。 「それに何の意味があんの?」 その言葉を聞いて、雨宮は勢いよく結城の机を叩いた。 教室中にその音が響き渡る。 その瞬間、教室が静まり返り、雨宮は結城を睨みつけた後、無言のまま教室を出て行った。 それに慌てて草津が追いかける。 さすがにこれには結城も驚いていた。 それを合図にしたように成瀬の周りを囲っていた女子たちがばらばらに散っていく。 「いやぁ、女子って怖いね」 恐怖に縮こまっていた浜内が呟く。 そもそも事の発端はこの男にあるのだが、全く自覚がないようだ。 成瀬も結城の事を心配そうに見つめていた。 結城には悪気はなくても、その何気ない言葉が雨宮達女子を傷つけている。 仲良くする気のない結城に気を使えなど言えないが、もう少しうまくやってほしいとは思っていた。 そんな中で浜内が一人もじもじしながら成瀬に話しかけてきた。 「あのさ、成瀬。雨宮はああ言ってたけど、俺には勉強教えてくれない?」 「え?」 突然、何を言い出すかと思ったら、浜内が泣きそうな顔で成瀬の服を掴んできた。 かなり必死な様子だ。 「俺さ、今度の中間テストの成績が平均以下だったら、なんかすげぇスパルタな塾通わされそうなんだよ。お前だって嫌だろ? 俺と遊べなくなるの。嫌だよな、嫌と言ってくれよ」 浜内は成瀬の服を引っ張りながら訴えてくる。 そもそも、成瀬は部活とバイトで忙しいから、浜内と放課後遊ぶことは少なかったのだが、ここまで懇願されては仕方がない。 たまには浜内の我儘にも付き合おうと思った。 「わかった。今日から試験期間中で部活も休みだから、放課後うちで勉強会しよう」 成瀬が優しく言うと更に浜内は泣き始めた。 「さすが成瀬君。いや、成瀬様ぁ。俺、一生あんたについていくよ。っていうか、俺、成瀬の嫁になる」 あははと成瀬は呆れながら笑った。 「いやちょっと、浜内はいらないかな。葵が嫌がりそうだし」 「真面目に断るの辞めてね、成瀬君」 浜内の目から涙が止まった。
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