第2話 成瀬蓮と結城馨

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第2話 成瀬蓮と結城馨

成瀬蓮はクラスでは優等生として名高い。 成績は学年でトップ10入り。 特に現国が得意だった。 部活動はテニス部。 去年は新人戦で県内5位にまで上がった。 放課後には彼を見に女子生徒たちがテニスコートに集まる。 スポーツ全般が得意で、時々他の部活の助人を頼まれるほどだ。 それでいて、容姿も端麗。 少し幼い顔立ちはしていたが、柔らかい髪に白い肌。 筋肉質すぎもせず、ちょうどいい体格をしていた。 身長は180とまではいかないが、クラスの平均以上はあった。 何よりも笑顔が可愛いと評判だ。 性格は物腰が柔らかく、とにかく優しい。 男女問わず紳士な対応で、困っている人がいるとすぐ助けてしまう。 次期生徒会長の候補として名が上がるほどだった。 実家は官僚の父を持ち、母はピアノの先生をしている。 だから昔から英才教育を受けていて、苦手なことはほとんどなかった。 育ちが良いせいか全体的に余裕すら感じる。 それとは打って変わって、結城馨はクラスの変わり者だ。 とにかくクラスメイトとコミュニケーションは取らず、いつも教室で1人でいた。 授業中も基本、寝ていて真面目に聞いているところを見たことがない。 部活は入っておらず、帰宅部。 授業が終わるとすぐに教室を出て行った。 運動神経は良いようだが、特に何かのスポーツをしているように見えず、体育の授業も真面目にしていない。 容姿はそこそこいいが、いつも不愛想でとっつきにくい。 とにかく話しかけづらく、声をかけたところで返事もしないで睨むばかり。 誰かが助けを求めても基本は無視をし、自分からも誰かと関わる様子はない。 校則は守っているようだが、彼女は差ほど短くもないスカートの下にジャージを着ていた。 母親を早くに亡くし、父親と2人暮らし。 家は貧しく、ボロアパートに住んでいる。 噂では学校帰り、何か怪しいアルバイトをしているのだとか。 彼女はいつもピリピリしていて余裕を全く感じさせなかった。 何よりも言葉遣いが乱暴で、育ちを疑われるほどだ。 成瀬は今日も教室で弁当を食べる。 昼休みは基本学食ではなく、家から持ってきた弁当だった。 弁当の中身は彩が良く、種類も豊富。 女子たちが羨ましがるほどの魅力的な弁当だった。 なので、昼休みになると決まってクラスの女子たちが成瀬の弁当を見に来ていた。 「今日も成瀬君のお弁当可愛い!」 興奮したようにクラスメイトの女子が言った。 他の女子も惹きつけられ、集まってくる。 「本当にすごいよね、成瀬君のお母さん。毎日、こんなに凝ったお弁当を作るの大変でしょ?」 「そうだね。でも、妹の分も一緒に作るから」 成瀬はいつもの満面な笑顔で答える。 すると他の女子が嬉しそうに話しかけた。 「成瀬君って、妹がいるの?」 「うそうそ、絶対かわいいよね!」 彼女たちは興奮したように話していた。 成瀬はただ黙って笑っている。 それを見ていた浜内が恨めしそうな顔で成瀬を見た。 「ほんと、成瀬はいいよな。欠点という欠点もないし、女にこんなにモテるしよぉ。天は二物を与えずって言うけど、お前に関しては二物どころか、10、20は与えられている気がするぜ」 浜内は自分と比べてため息をついた。 成瀬は困った顔で笑った。 成瀬自身は自分が特別優秀な人間とは思わない。 勉強もスポーツも人並み以上に努力しているつもりだし、それなりに周りには気を使っている。 するとそこに食堂からパンを買って帰って来た男子3人が入ってきた。 彼らは不満そうにメロンパンやアンパンを持っている。 「今日も焼きそばパン売れ切れだったぜ」 「焼きそばパンだけじゃねぇよ。コロッケパンも惣菜系はだいたい売れ切れだ」 「授業が1分でも長引くと総菜パンは手に入らないからな」 彼らはそう文句を言いながら自分たちの席に座った。 そうなのだ。 食堂で販売しているパンは先着順。 特に総菜パンは人気があり、すぐに売れ切れていた。 この教室は食堂からも少し遠く、急いで買いに行っても手に入らないことは珍しくない。 それなのにと、男子たちは羨ましそうに、ある人物を見ていた。 それは自分の机で総菜パンを堂々と食べている結城の姿だ。 彼女は焼きそばパンをほぼ3口で食べ終え、コロッケパンもあっという間に平らげた。 それをおなじみの牛乳で流し込む。 そうして彼女は昼食を終えると、そのまま机に伏して、昼休憩が終わるまで寝ている。 「結城ってなんであんなに足早いんだよ。俺なんて今日はフライングして教室出たのによぉ」 「ってか、食べんのも早いんだよ。なかなか食べられない総菜パンを惜しげもなく3口だぞ。あいつの飯の時間、3分ぐらいじゃねぇの?」 男子たちは寝ている結城を見ながら文句を言っている。 昼休み前の授業ではいつも気づかない間に結城は教室を出ていた。 そして、お目当てのお総菜パンを迷わず買ってくる。 逆に弁当を持ってきているところも、誰かと食べているところも見たことがない。 浜内も結城の事を感心したように見ていた。 浜内の場合は食堂の購買で買うことはないが、いつも登校中にあるコンビニでパンやらおにぎりやらを買っていた。 2人が食事の3分の1も食べ終えていないうちに、結城は食堂へ行き、総菜パンを買って来て、食べ終えているのだ。 成瀬はじっと自分の弁当の中を覗き込んだ。 結城は可愛らしい弁当の前にいる自分とは全く異なる、ワイルドな女子生徒だ。 「しかし、結城っていつも寝てばっかだよなぁ」 浜内はパンを咥えながら話した。 確かに授業中も休み時間も常に寝ている。 だから誰とも話さないということもあるのだろうが、起きているところをあまり見たことがない。 しかも、放課後になると真っ先に教室を出て行くのだ。 時々掃除当番もサボるので女子たちに散々文句を言われていた。 「噂ではさ、すげぇヤバイ、バイトしているって話だぜ」 結城を見ながら、浜内は嬉しそうに話していた。 彼女にはバイトだけでなく、悪い噂が絶えない。 放課後はいろんな学校の男と遊んでいるとか、キャバクラでバイトしているとか、実はヤクザの回し者や闇バイトに手を出しているという話もあった。 彼女の家が貧しいのは確かだし、アルバイトをしているのも本当だが、こんな噂がたつようになったのも、女子からの反感が強いせいもあるだろう。 成瀬には結城がそこまでヤバいバイトに手を染めているとは思えなかった。 クラス委員決めの時もそうだが、半分嫌がらせのような推薦だったのに、結局結城は文句ひとつ言わずに引き受けている。 最後のまとめは全部成瀬が1人でやったのだけれど。 「結城も黙ってればそれなりに可愛いのに、態度や口が悪いから可愛く見えないんだよなぁ」 もしかしたら、この浜内の噂話も結城に聞こえているのかもしれないが、彼女がこういった話に反応を見せたことがない。 いつも言いたければ言えばいいという構えでいる。 成瀬ももう少しコミュニケーションをとって女子と仲良くしてくれたらと思うことはあれど、結城に全くその気がないのだから仕方がない。 それに、バイトがあると言え、掃除をサボれば文句を言われても仕方がないと思った。 「ま、これからはさ、同じクラス委員同士がんばれよ」 浜内はにこにこ笑いながら、成瀬の肩を叩いた。 他人事だと思って面白がっているのがわかると、成瀬は苦笑いするしかなかった。
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