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第24話 体育祭準備
中間試験が終わると、校内全体が一気に体育祭のムード一色になる。
体育の時間では、学年合同で男女に別れてそれぞれの練習に入っていた。
特に女子の組体操は早めに練習する必要があった。
前列に1年生。中央に2年生。そして、一番後ろに3年生となっていた。
組体操では笛の合図でそれぞれの組を作り、ポーズを決める。
最初は2人1組。
3人1組と増え、最後は巨大なタワーを作る。
本来であれば、1年は5人のペアで小さいタワーをいくつか作り、2年は中央に10人で3段階のタワーを一組だけ作る。
そして、3年が20人で4段タワーを作るのだがこれがかなり難しい。
どうも、今年の3年はその4段タワーを作ることが出来ないようだった。
体育教師としては、そのまま3年も2年同様10人タワーで行く予定でいたが、雨宮が新たな2年女子の全員の前で提案した。
「我々、2年が4段タワーを完成させます」
それを聞いた担任が慌てだした。
「いや、4段タワーは難しい。今年の3年も無理なのだから、2年のお前らも無理はするな」
「いいえ。3年の先輩方は受験で忙しく、体力も落ちています。でも、今年の2年は運動に関しても優秀な者が多い。私たちなら可能です」
しかしとその提案を拒む体育教師の傍らで、雨宮が体操座りをしていた結城を見た。
つまり、一番難しい4段目の一番上に結城が乗れということだった。
確かに結城はクラスの中でも体重は軽く、バランス感覚も優れている。
しかし、4段目は一番危険なポジションでもあるのだ。
結城はふんと顔を背けた。
雨宮的にはこれは文句がないという合図になる。
男子の方は棒倒しの練習になっていた。
当然、浜内は棒を支える一人だ。
しかも、剛腕の運動部とは違うので、表で支える一番蹴られる場所だ。
練習の笛と共に、他クラスの生徒が棒に登ろうと駆け込んでくる。
その光景を見るだけで、既に浜内は叫び声を上げていた。
それを横から成瀬と福井が笑って見ていた。
「良かったな、棒倒しだけでも降りられて」
福井が成瀬に話しかけた。
そうなのだ。
成瀬は人数の足りない競技にほとんど参加させられていた。
ただ、棒倒しについてはほぼ半数以上の男子生徒の参加が必要となり、おかげで成瀬は外してもらえることになった。
「で、全部で何種目?」
「クラブ対抗を入れると6種目かなぁ」
福井は横でわぁと引きつった顔をする。
福井は勉強が得意だが、運動はあまり好きではない。
「去年の体育祭も成瀬ほとんど出てたよなぁ?」
福井は1年の時の体育祭を思い出していた。
確かに成瀬はありとあらゆる競技に参加し、クラスに貢献していた。
正直、他のクラスからは苦情が出たほどだ。
それよりなにより、成瀬に対する女子の応援がすごすぎて悪目立ちし、他クラスの男子からの視線が痛かったのをよく覚えている。
しかし、クラスメイト達に限っては、その光景にすっかり慣れている様子だったが。
「でも、今年は心配だな……」
成瀬はそう言って顔を曇らせた。
福井も理解したのか、ぼんやりと目の前の練習を眺めながら答えた。
「ああ、雨宮のことか……」
「うん。なんか妙に結城さんに対抗心を持っているというか」
その理由はクラスの女子に興味のない福井にだってわかる。
しかし、雨宮の結城に対する執念は他の女子よりも超えている。
単純に成瀬との関係だけに執着しているわけではなさそうだ。
それを成瀬がどこまで理解しているかも福井にはわからなかった。
優しい男というのもなかなか曲者だ。
そこに体操着を引っ張られ、散々蹴られて帰って来た浜内が成瀬たちのところに走ってくる。
すっかりボロボロになって、泣いていた。
「俺ばっかりひどいよぉ。福井も参加すればいいんだぁ」
浜内は福井に泣きながら寄って来る。
福井は鬱陶しそうに腕を伸ばして、浜内を遠ざけていた。
「やだよ。こういうのは元々お前の仕事だろ!」
「何それ!? 俺の仕事って人に蹴られること!?」
わんわん泣いている浜内に、成瀬はすっとウェットティッシュを差し出した。
「とりあえずこれで拭きなよ。それにそんなことでいちいち泣かない」
浜内は泣きながら受け取り、成瀬は心配そうに見つめている。
「お前は浜内の母さんか!?」
福井は世話焼きな成瀬に突っ込む。
たまに福井は成瀬を見てイライラする時があった。
それは彼がクラスメイトに人気がある嫉妬とかではなく、皆が成瀬の人のいいところを利用して甘えていたからだ。
女子たちも騒ぐ割には、本当に成瀬の事を思っている奴なんて少ない。
皆、自分が一番かわいい。
だから自分の都合のいい存在が好きなのだ。
それをわかっているのに、成瀬は自ら人に寄り添おうとしているのだ。
福井には理解できず、だからこそイラついた。
放課後、クラス対抗リレーのメンバーはタイムを測るためにグランドに集合となった。
いつもなら無視をして帰宅する結城だったが、雨宮相手だとそうはいかない。
彼女はおとなしくクラスメイトの言うことを聞いた。
成瀬もいつも以上に結城がイラついているのに気が付いている。
それを心配せずにはいられなかった。
「はい。女子並んで」
クラス担任が放課後の測定に協力してくれていた。
候補の女子4人は一列に並ぶ。
雨宮と結城は横に並ぶ。
そして、結城にしか聞こえない小さな声で呟いた。
「結城さん、ここで手を抜いたらわかっているわよね?」
雨宮の口元は微かに上がっていた。
結城は目を見開いて、雨宮を見た。
結城には雨宮が喧嘩を吹っかけているようにしか見えない。
「きっと健気な結城さんの姿を知ったら、クラスメイトも同情してくれるんじゃないかしら?」
結城はその言葉の意味を理解した。
雨宮は結城の家庭の事情を言いふらそうとしているのだ。
その瞬間、スターターピストルの音が鳴り響く。
結城は少し出遅れて走った。
さすが陸上部とあって、雨宮の足は速かった。
結城は必死で食らいつきながら、2位で着地する。
さすがの結城も本気を出したせいで息が切れていた。
そんな状態で、前を走っていた雨宮を見上げる。
雨宮は余裕な顔で笑っていた。
「結城さんの本気、初めて見た。でも、やっぱり私には勝てないわよね」
雨宮が何を言いたいのかわからない。
結城はただ黙って彼女を睨むだけだ。
「ほら、結城さんって本気出してないですって態度出して、負けを認めないところあるじゃない? そう言うところ、前から卑怯だなって思ってた」
雨宮は結城の目の前で身体をほぐしながら余裕を見せ、ただ息を切らす結城に更に話しかけた。
「だからさ、本番も楽しみにしているね」
彼女は感情のこもらない作り笑顔を結城に見せた。
結城は腹立たしかったが、雨宮に言い返すことは出来なかった。
男子の方の勝敗はやはり、雨宮同様陸上部の阪木にアンカーが決まった。
成瀬は2位でゴールしたので、レースでは結城にバトンをもらい、雨宮にバトンを渡す順番になる。
同じクラスなのだし、成瀬としては二人に仲良くして欲しいと思っている。
同じ仲間同士争っても意味はない。
高校生生活の体育祭だって、残り後2回だ。
悔いの残らないようなイベントにしたかった。
体育祭の準備は着実に進み、女子の組体操や応援団の練習も回数をこなしていく。
浜内は部活をするふりをしながら、チアガールたちの練習ばかり見ていた。
おかげで何度か頭にサッカーボールが激突し、部長に激怒されていた。
成瀬もテニス部の練習に力を入れながら、体育祭の練習にも参加した。
当日には家族みんなのお弁当も作らないといけない。
何にするか悩みながらも、体育祭をどこか楽しみにしている自分がいた。
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