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第7話 全統模試
成瀬の高校では進級と同時に春の全国統一模試が始まる。
高校1年で習った全範囲の確認テストのようなものだった。
成瀬の学校は県内でも有名な進学校だ。
過去にも東大・京大共に多くの合格者を出している。
ついでに、現生徒会長の菰田森はこの試験で全国100位以内に入ったことがあるほどの秀才で、第一希望はハーバード大学だとも言われていた。
そして、その結果が本日発表される。
「なんだか、すごく緊張するな」
浜内は首を縮めながら成瀬に話しかけた。
成瀬も多少は気になってはいたが、それほど心配はしていなかった。
過ぎてしまったことに悔いても仕方がないし、2年生が始まったばかりの成績が悪くても挽回する時間は十分あるからだ。
しかし、浜内にはその余裕はない。
浜内の家は医者家系らしく、模試の結果を母親が楽しみに待っているらしい。
元々成績の良くない浜内にとっては心配事でしかないのだ。
彼は少しでもいい成績を取って、それなりの医大に入らないといけない。
成瀬たちが校門から校内に入るとどこからか鳥の声がした。
それはまだか細く、雛鳥らしき鳴き声だ。
それが地面辺りから聞こえてくるのだから心配になった。
成瀬は耳を澄ませて雛の声を辿る。
植垣の葉っぱを軽くかき分けるとそこには雛鳥が落ちていた。
落ちてばかりなのか、まだ元気はあるようだ。
成瀬は雛鳥の落ちている場所から真上を見上げる。
そこには鳥の巣が確かに見えた。
その中には恐らく他の雛鳥たちがいるだろう。
「お前落ちたのか? 可哀そうだな」
浜内が雛鳥を拾い上げようと手を伸ばした時、後ろから誰かの叫ぶ声がした。
「触るな!」
振り向いてみるとそこには険しい顔をした結城が立っていた。
二人とも驚いていて結城を見る。
「いきなり何なんだよ!」
イラッとした浜内が怒鳴りつけてきた結城を睨みつける。
しかし、結城は浜内に全く興味を示さなかった。
「一度でも触れれば人間の匂いが付く。例え、この場で雛鳥を助けられても、人間の匂いを嫌がる親鳥だったら、その雛鳥は見捨てられるんだぞ」
浜内は返す言葉もなく黙り込む。
そうなのだ。
無闇に自然界の生き物を手助けすることは出来ない。
ましてや野鳥を勝手に保護して飼うことは法律でも禁じられている。
結城は近くにある古い大木から木の皮をはぎ取った。
そして、そこへ雛鳥をうまく乗せる。
「ちょっと手伝ってくれ」
結城が成瀬に声をかけた。
すると結城は自分の鞄をその辺の地べたに投げて、突然木登りを始めた。
スカートの下にジャージを履いているからいいものの、本来男子の前で木登りを平気でする女子はいない。
結城は巣の近くまで登ると成瀬に木の皮に乗せた雛を持ち上げるように言った。
巣から地面までは差ほど距離はない。
成瀬が手を伸ばせば、充分に雛の乗せた木の皮を結城に渡せた。
それを結城はそっと巣に戻す。
雛鳥は他の雛鳥と一緒に巣に戻り、同じように親鳥を呼びながら鳴いている。
結城はそれを確認すると、そのまま綺麗に地面に着地した。
結城の髪とスカートが翻り、しゃがみ込んだ結城の目と成瀬の目が合う。
その優雅さに成瀬は少しどきんと鼓動を鳴らした。
「あんがとな」
そう言って地面に投げた鞄を掴んで、結城は校内へと向かっていった。
成瀬も浜内も黙ったまま、ただ結城の後ろ姿を目で追う。
「結城ってなんか、かっこよすぎね?」
冗談で言っているのか、本気で言っているのかわからないテンションで浜内が言った。
浜内も同様、結城の身のこなしの美しさには目を奪われていたのだ。
綺麗と言うよりも、可憐。
むしろ宝塚俳優のように、『かっこいい』だった。
成瀬もとりあえず頷いた。
朝のホームルームで模試の結果が各自配られる。
これを見た生徒たちが、ホームルーム終了後に騒ぎ始めていた。
浜内は成瀬の席の後ろで、がっかりした様子で項垂れている。
どうも結果はあまり良くなかったようだ。
そして、半分やけくそになった浜内が、成瀬の見ていた結果用紙を後ろから奪い取った。
「おいおい、成瀬の見せろよ!」
浜内が成瀬の成績を見ると、愕然として声が出なかった。
なんと全国順位363位だった。
当然、東大合格範囲に入っている。
約40万人以上の生徒が受ける模試だ。
その中の300番台とは恐ろしい結果だ。
自分と見比べても、ため息しか出なかった。
「まじかよ、成瀬300番台入ってるのかよ!」
現生徒会長ほどではないが、さすが進学校学年TOP10入りする男だ。
それを教室にいた女子たちも聞きつけ、成瀬の周りに駆け寄ってきた。
「すごい成瀬君、全国363位だって!」
「さすがだね、私たちとは大違い!!」
彼女たちは大はしゃぎしている。
逆に成瀬はどうしていいかわからず、困惑していた。
「ほんと、成瀬君って完璧だよね。イケメンで文武両道、温柔敦厚。まさにうちのクラスの、いやうちの学校の王子様だよ!」
勢い余ってかそんなことを言い出す女子までいた。
ここまで女子に絶賛される成瀬だが、男子から嫉妬されるということもあまりなかった。
クラスの男たちも成瀬と自分たちは違う人種なのだと半ば割り切っている。
皆が模試の成績に周章狼狽している中で、一人だけ全く成績に頓着していない者がいた。
結果用紙を開くこともなく、紙だけもらってそのまま伏せて寝ている結城だ。
用紙は机から少しはみ出して、引き抜けそうな状態だ。
浜内は面白がって、結城の結果用紙を黙って拝借し、中を開けようとする。
それを成瀬は慌てて止めた。
「辞めなよ、浜内。それは人の成績表だろう?」
「大丈夫、大丈夫! 結城は全然興味ないみたいだしさ。見たって怒んねぇよ」
浜内はそう言ってペリペリと用紙を捲り始めた。
周りにいる女子もやばいよぉと言いながらも、止める気はないらしい。
寧ろ皆楽しんでいるように見える。
あの結城がどんな成績を取っているのか興味があるのだ。
浜内はどれどれと言いながら、結城の結果用紙を見た。
その瞬間、真っ青になって言葉を失った。
隣で見ていた女子も気になって、浜内の手から用紙を抜き取って確認した。
そして、彼女も同じように驚愕している。
「嘘……。全国98位。2ケタ台ってなによ」
一瞬にして教室内に静けさが漂った。
誰もが想像していなかった数字だ。
さすがに成瀬も驚いている。
これは校内一の秀才と呼ばれる現生徒会長クラスだ。
すると、周りにいた女子たちが暗い顔で立っていた。
中には泣き出す人もいた。
「結城が全国100位以内って、あたしらにどう理解しろっていうのよ」
「あんな、授業中寝てばっかの結城が100位内なんて、わたしもう死にたい……」
一瞬にして空気が淀んだ。
そして、何事もなかったようにそっと結城の机に用紙を戻した。
なにも見なかったとお互いに顔を合わせて解散した。
「さすがだな、結城。全国100位入っちゃったか」
唯一気楽そうに話しかけてきたのは、学年トップクラスの福井だった。
福井は学年テストで常に上位にいる男だ。
というより、皆の中では福井が学年の1位だと思っていた。
「意外と結城が学年テストで1位取っているの、知らないんだよなぁ。俺なんていつも2位だからよく覚えているよ」
「そうなの?」
成瀬も福井に話しかける。
成瀬自身も自分の成績の順位は気にしていたものの、1位までは見ていなかった。
皆の中でも『どうせ福井だろう』ぐらいに思っていたので気にも留めなかったのだ。
「でさ、昔、冗談で結城に俺に1位取らせてよって頼んだら、あっさり譲ってくれたんだよね。噂では答案用紙の半分が無回答で、そん時はさすがに職員室に呼び出されたって話だぞ」
学年トップの恐ろしい話を聞いた気がした。
学年テストの成績順位表の張り出しも上位50名までで、全員が見ているわけではない。
そして誰も結城がその順位表を真面目に見ているところを見たこともないのだ。
結城自身、自分の成績を全く気にしていない様子だった。
成瀬は寝ている結城を見ながら、感心していた。
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