第一幕其の壱

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第一幕其の壱

「卒業制作、もう書いてる?」 不意に後ろから声をかけられ、拓海(たくみ)は立ち止まる。声の主は中学時代からの友人、翔太(しょうた)だった。 ここは二人が通う大学の構内、正門すぐ近くにある通称『文学棟』の前である。 「いいや、まだ。就活終えたばっかだからさ。今は何も考えられないんだ」 理系で大学院に進む翔太と違って、文学部生である拓海は、大学院には進学しない。ようやく内定を貰えた会社は1つだけだが、来春には晴れて社会人となる。昔から憧れていた映画関係の会社に就職するのだから、自分はある意味勝者なのだ、と拓海は満足していた。 「お前はすごいよ。趣味を仕事にするんだからな」 そんなふうに言ってくれる翔太だって、子供の頃から大好きだったロボット製作に(いそ)しんでいる。 「翔太のほうがすごいよ。お前がやってる事は夢もあるし、我々の生活になくてはならないものだからね」 「ありがとう。でも、今はロボットは一旦お休みしてるんだ。マルチタスク対応型ロボットは難しい」 「ふーん? 俺は話を聞いてもサッパリ分からないんで、まあ頑張ってくれ、としか」 「拓海の卒業制作、よかったら僕の研究グループが作った人工知能を参考にしてもらえないか?」 「チャットってやつ?」 「どちらかというと、VRMMOかな」 「オンラインゲーム作ってんの?」 「ちょっと違う。古今東西の名作を映像で再現して、その世界に入り込み登場人物になれるんだ」 翔太は簡単に言ったが、どういうプログラミングでそんなものを作れるのか、拓海には想像もつかない。立体的なノベルゲームのような物であろうか? 「面白そうだな」 「面白いよ。苦労したし、金もかかった。いや、今後も金はかかる」 「どこかの企業と提携してるのか?」 「今後、パトロン企業は必要だね。そこで、だ」 翔太の提案は、現段階で完成しているVRMMOを、まずは試してみないか? ということだった。 「現在、完成してるのは、『ロミオとジュリエット』、『ローマの休日』……あと、何だったかな。とりあえず、研究室に来てやってみないか? うまくいけば、卒業制作の物語が書けるだろう」 拓海のゼミは卒業論文として、10万字前後の小説、若しくはノンフィクションを書いて提出する。中には、装丁を美術科の友人に頼んで、まるで書店で売られている本のように仕上げる人もいたりする。 拓海はまだ何も取り掛かっていないが、つい最近まで就活で忙しかったし、卒業に必要な単位は全て取得できたしで、のんびり構えていた。 「今回のVRは中々面白いと思うんだ。ただ……」 「ただ?」 「文学をちゃんと学んだ人間の感想も聞いてみたいんだよね」 「俺の意見なんて参考になるかなあ」 結局、拓海は翔太に連れられて、彼の研究室まで行ってみることにした。 翔太の言う通り、うまくいけば、『ロミオとジュリエット』を下敷きにした新しい物語が生まれるかもしれないし、翔太たちの研究をテーマに、ノンフィクションを書くというのも期待できる。
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