10人が本棚に入れています
本棚に追加
11 JYURI
引き締まったウエスト、美しいおわん形で張りのある胸、なめらかな肌……。珠理(じゅり)の美しいボディーに40歳の公務員の水沢は見ほれた。
「これこれ。この美しい体はいつ見ても国宝級だ」
「褒めすぎ」
「いや、褒め足りない」
珠理は、素直にうれしかった。水沢の唇を奪うかのように、激しく吸い付くようなキスをした。水沢も珠理に応じ、しっかりと抱きしめ、唇の感触を楽しんだ。
「褒めてくれて、ありがとう」
珠理は水沢の手を引き、浴室に導いた。
珠理は現在20歳。高校まで神戸市内で育った。父は公務員、母は高校教師。一人娘で、箸の持ち方、言葉遣いなど比較的しつけの厳しい家庭で育った。両親ともに仕事をしていたので、結果として放任主義。門限があったわけでもなく、男女交際の制限も特になかった。身長153センチの小柄な美人。人当たりもやわらかく気配りもでき、いつも笑顔で、モテないはずがないタイプだ。しかし、中高一貫の女子校で育ち、積極的に求めたわけでないからか、男女交際の機会には恵まれなかった。
中学は何かの部活に所属しなければいけなかったので、吹奏楽部に所属したが、高校時代は部活はせず、いわゆる帰宅部。放課後は仲のいいクラスメート数人でファミレスかファストフード店でおしゃべりし夕食前の午後6時ごろに帰宅する日々だった。
お気に入りの俳優や歌手がいるわけでもない。特別に興味のわく趣味もない。将来の夢、将来の展望も特にない。勉強も好きな科目も苦手な科目も特にない。何不自由ない生活を送り、今後も何不自由ない生活を送れるものと漠然と考えていた。
「珠理は彼氏とか欲しくないの?」
「別に、彼氏がいたらいたで、いいかもしれないけど、いなかったらいなかったで、それでもいいかな」
「世の中、珠理みたいに欲がないのが最後は一番いい思いするから、悔しいよね」
「私、別にいい思いはしてないよ」
「今じゃなくて、将来の話だよ」
「そうかな。もし、ホントにいい思いしていたら、いっぱい妬んでもいいよ」
「そうだね」
そんな言葉を交わした友達が一人抜け、また一人抜け、時にまた戻る。いなくなるのは決まって彼氏ができた時。放課後のおしゃべりは、恋話で盛り上がったり慰めたり。友人たちが次々と処女を失ってオンナになっていくのを聞かされるばかりで、取り残されているような焦りを感じなかったわけではない。でも、「急ぐ必要はない」。体の美しさには自信があったので、「色気で迫ればどんな男でもたやすく手に入る」という気がしていたからだ。
高校を卒業し、東京の脱毛サロンに就職。職場も客も女性ばかりで、家とサロンの往復の日々だった。あまりに出会いのなさに、1年過ぎたころからさすがに焦り始めた。
「このまま気付いたら年を取って、この体の市場価値が下がっちゃう」
同僚の合コンの誘いに積極的に参加するようになったのはその頃だ。出会い系サイトに登録し知り合った人とも飲みに行った。飲み会では必ず次を誘われた。誰でもいいわけじゃないので気が乗らない人は正直に断った。「この人でもいいか」という二つ年上の大学生の誘いに乗ると、最後ホテルに誘われた。処女を大切に守る理由も特に見当たらないし、酔いの勢いもあって、誘い慣れているので彼に身を委ねた。
考えていたよりも、意外とセックスはあっけなかった。特別気持ちがよいわけでも、嫌なわけでもない。でも特に何のとりえもない自分だけれど、唯一「自慢の体」を彼は毎回ほめてくれた。きっとそれだけで付き合う理由になったのだろう。ホテルに行ったのは初めだけで、2回目からは自宅を行き来し、体を求められた。1カ月もしないうちに同居しようとなった。珠理は別にどちらでもよかったが、家賃が半分になるのが魅力だった。
◇
付き合って2カ月後、彼の様子がよそよそしくなった。急な泊まりも増えた。「今日は居酒屋のバイトで明け方になる」「友達の家で大学のゼミのリポートを仕上げる」。そのつど理由は違った。初めは大学生なんてそんなもんかとも思い彼を信じたが、外泊があまりに多くなったので、彼が風呂に入っている時にスマホをのぞき見した。
「今朝は見送れなくてごめんね♡」「きのうは気持ちよかったよ♡」「明日も来てくれる?」
女性の名前が登録された相手とのメッセージや女性と肩を抱き合う写真など浮気を疑う証拠の数々が出てきた。
風呂から出てきた彼にスマホ画面を突きつけた。
「何よこれ!」
「いろいろ、あるんだよ」
「浮気していたんでしょ?」
「浮気ってわけじゃなくて、いろいろあるしそのうち別れるから」
「今すぐ出て行って」
珠理の「恋」は終わった。それがそもそも「恋」だったのかも怪しい。なんとなくが重なってここまできただけのような気がするし、単に体の関係だけだったのだ。
珠理がこの業界「に入ったのは、彼の浮気騒動があった直後だった。人との関係って表面だけで簡単に滑ってズレてしまうような、そんなもんなもののような気がしてしょうがなかった。
いっそのこと、とことん表面だけの人間関係と割り切って、人の間をスイスイ滑ってみよう。私の自慢の体を使って――。
吉原に体験入店した。その日から、珠理の美貌とスタイル。サバサバしていながらも育ちの良さからにじみ出る細やかな気遣い、にこやかに対応するその性格の良さで予約困難な人気嬢になった。
◇
「俺が彼氏だったら、こんな美人で、性格も良くて、何よりこんな最高の体の彼女がいたら浮気なんて絶対に考えられない」
水沢はお世辞じゃなかった。
「ありがとう」
珠理もこの場限りとはわかっていても、褒められるたびにうれしい気分になる。
「マットってしたことある?」
「いや、したことない」
「どんなんだろう。気持ちいいのかな。今度、挑戦してみようかな」
「珠理ちゃんとのセックスは、マットしなくても十分気持ちいいから」
「えへっ」
笑みがもれ、しっかりと抱きしめ合った。将来の展望は昔から白紙だが、日々新しい人との出会いがあり、それだけで時間も財産も充実していた。今はそれでいいと思っている。
最初のコメントを投稿しよう!