二日目、午前

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 久保田はすぐに戻ってくる。手にはカバンと自販機で買ったらしい飲み物を数本。梅沢はさっすが、と喜び守屋は小さく会釈をした。 「あ、わざわざどうもありがとうございます」 「長丁場になるだろうから、せめて飲み物くらいはね。守屋さんが最初に選んでいいよ」  精神的に疲れてるだろう守屋に気を遣ったのだろう。守屋は嬉しそうに温かいカフェオレを選んだ。香本と梅沢も好きなものを選ぶ。  久保田は持ってきた紙の資料とタブレットに保存してある資料の二つを皆に見えるようにテーブルに広げた。そこに書かれていたのは、この地域に伝わる伝承のようだ。 「ここ、萱場郡を含めたいくつかの地域には独特の伝承がある。この地域一帯は基礎となる伝承が同じなのに、だいぶ細かく枝分かれした複数の伝承が存在する」  資料にはこの旅館がある萱場、その周辺にあるいくつかの市や郡などに存在する伝承が箇条書きでまとめられていた。  この地域には不老不死の伝説がある。そして共通点は木の実を食べるということ。その実を食べると不老不死が手に入るという。 「何かの実を食べて不老不死というのは珍しい話ではない。中国にもよくある話だし、桃太郎なども元の話は似たようなものだ。桃は命の源、桃源郷という言葉があるように生命の象徴でもある」 「ここの伝承では桃がその実だという風には言われていないんですね」 「そう。そしてここに書かれている通り一体どんな実が不老不死となるのか、地域ごとに異なる」  書かれている地域は五つ。イチジク、栗など日本に昔から存在するものが挙げられている。  そんな中萱場の不老不死になるという伝説の実として描かれていたものを見て、香本は黙り込んだ。 「萱場はアケビですか」  ふうん、と梅沢がつぶやいた。 「だから昨夜のデザートはアケビだったんですね」  守屋も納得したように言った。木村も言っていた、アケビはこの近くで取れていると。 「目的地を告げずにみんなに来てもらったから知らないだろうが、この辺ではアケビのアピールで地域おこしをしている。土産物屋を見てみると良い、アケビを使った商品がたくさん置いてある。不老不死伝説も全面的に押し出した、いわば観光産業なんだよ」 「でも、あまりにも実の種類がバラバラですね。伝承と言うからには昔からあったのでしょう。こんな狭い地域内でどうしてこんなに種類があるんでしょうか」  香本の疑問に久保田は感心したように言った。 「目のつけどころが良いね。研究テーマはまさにそれなんだ。この不老不死伝説は何が元なのか、なぜこの狭い地域でこれだけ種類があるのか。広い範囲じゃないから、それぞれの伝承を調べてもらうつもりだったんだよ。だからチーム分けをしたんだ」  そういうことか、と納得した。それならイベントとしても丁度良いし、調べた数が多ければ多いほど比較できるので評価もしやすい。不老不死という設定は伝承としてはありそうで実は珍しい。 「八尾比丘尼とか、有名どころの不老不死の伝承は確かにありますけど。同じ話をベースとして種類がいくつかあるのは興味深いですね。イチジクなんかは生命を象徴する実ですけど、他はあまり共通点がなさそうです」  資料を見ながら香本がそう言うと梅沢と守屋も資料を覗き込んでくる。ベースとなる部分は調べてあるので、後はそれぞれの実の特徴やそもそも何故それらの実が伝承の元となったのかを調べるなど、だいぶやりやすいようにまとまっていた。調査時間は実質一日半といったところだ、これがちょうど良い量なのだろう。 「ここはものすごい田舎でもないし電車もバスもある。図書館だってあるし割と調べる手段はたくさんあるはずだ。そう難しくない課題だから旅行気分を味わってもらおうと木村教授と二人で計画したんだ」  今となってはそれを調べることができないが、レクリエーションとしては面白そうなものだった。 「こういうことにならなかったら結構盛り上がったんでしょうね」  梅沢が残念そうに言う。本当なら課題もこなしつつ良い思い出作りにもなったはずだ。
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