二日目、午前

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 そこまで話していて、ふと、香本は体調の変化に気づく。まただ、また吐き気がする。我慢できないほどの吐き気では無いのだが水でも買ってこようと立ち上がる。財布に小銭があったか確認しようと鞄から財布を取り出した時、財布に引っかかってお守りが落ちてしまった。 「ん? お守りか。こういうの持ち歩くタイプなんだな、意外」 「交通安全か何か? 車持ってないんじゃなかったっけ」 「母さんの形見だよ」 「え、あ、悪い」  そんな大切なものだったと思わず二人は気軽に言ったのだが、返ってきた言葉に少しバツが悪そうだ。事実なのだから別に気をつかわなくていいのにな、と思ったがそういえば家族の話をしたことはなかった。  これ以上広げる話でもないので静かに扉の方に歩いていくと、吐き気が強くなった気がした。なるべく音を立てないように靴を履き、内開きの扉を勢い良く開ける。  すると目の前には仲居が立っていた。通りかかった風ではない、扉の前で直立している。仲居は一瞬目を見開いたようだがすぐににこりと微笑む。 「……何か用ですか」 「いえ、通り掛かっただけです。失礼します」  そのまま何事もなかったかのように歩いて行ってしまう。今明らかに話を聞いていたと思われる。それでも慌てる様子もなく咄嗟にあの反応ができたのはプロだからというより、こういう事に慣れているのではないかという疑いが出てくる。定期的に客の様子を窺っていたのだろうか、今回の事件云々関係なくずっと前から。  時折感じるこの旅館のスタッフたちのおかしな態度。一体何なのだろうと不気味さが際立ってくる。殺人事件など起きた今の状況ではなおさらだ。自分たちがやたら疑われているが、旅館の人間が犯人だという考えはないのだろうか。  今のやりとりを詳しく見ていなかったらしい二人が中からどうかしたのかと聞いてくるが、ちょっと水を買ってくるよとだけ言って香本は部屋を出た。  あまり怪しくない様子を装いながら、さりげなく監視カメラ等の位置をチェックすると普通の宿泊施設並にはカメラがあることがわかる。それなら昨夜の木村の部屋に誰が出入りしていたかなどすぐにわかりそうなものなのだが。  水を買いながら先ほどの事を考える。急にこみ上げた吐き気、まるであの仲居が近づいたから強くなったかのような……。そういえばあの警察の男が聞き取りをしていた時もそうだ。あの男が近づいたら気持ち悪くなった。  苦手な匂いがしたとか、そういうことはなかった。そもそも今の仲居に至っては扉を挟んでいたのだ。何故特定の人に近づくと気分が悪くなるのか心当たりはないが、気になる事ではある。今までこんな事なかった。  部屋に戻る途中壁にかけてある絵にチラリと視線を向けて思わず立ち止まった。写真のようにリアルに描かれていたわけではなく画家のオリジナリティが出ている独特な絵だったのだが、よく見ればこれは。 「アケビ……?」  思わず声に出していた。光り輝く玉のようなものが書かれていたからてっきり蛍でも描いてあるのかと思っていた。しかしよく見ると違う。大きな木が描かれており、光っているものは縮尺から考えると蛍ではないと思う。  光はすべて赤紫色の玉のようなものの近くに描かれている。先ほど見た資料を思い出した。不老不死の食べ物は光り輝く実だと書いてあった。そうなるとアケビが光っているということになる。
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