二日目、午前

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 そうなるとあの絵は通りかかった時に見るしかない、と思ったがすぐに否定する。  ――いや、たぶんもう取り外されてるか。こんな事ならもっとよく見ておくべきだった。  半ば諦め、丁度失礼しますと食事が運ばれてきたのでひとまず朝食を摂ることにした。吐き気は少しマシになってきている。温かく消化に良いものを食べようと、少しだけ口にした。  朝食後も特に警察などから指示はなく、だらだらと昼ぐらいまで過ごした。その間言い伝えなどについて話はしたが、いかんせん手元の資料が少なすぎる。ネットで調べても載っていないくらいマイナーで、当然外出許可は下りなかった。警察官が一緒に行動してもダメか聞いてみたが。 「私は貴方のSPではありません。自由に動き回るのを監視するのがどれだけ迷惑か考えてください」  と冷たくあしらわれてしまった。言われてみれば当然だ。はあ、と守屋が小さくため息をついたのを見咎めたのか、いくぶんか先ほどよりも冷たい声で警察が言う。 「留置所で外に遊びに行って良いですかなんていう被疑者はいませんよ。自分の立場を勘違いしているようなのではっきり言いますが、殺人容疑で拘束されている状態なんです。廊下に出たり飲み物を買ったりできているだけでも大盤振る舞いですので、これ以上好き勝手言うなら一歩も出るなと言いますがよろしいですか」  あの態度の大きい警察の男ほどではないにしろ、かなり棘のある言い方にさすがに守屋は謝罪し、それ以降は黙り込んだ。そして、ぼそぼそと小さな声で言う。 「ごめん、少しゆっくりしたい」 「わかった」  それだけ言うと香本は荷物をまとめて部屋を出る。梅沢はちらちらと気にしていたようだが、何かあれば連絡くれ、と言って同じく部屋を出た。  すると、すぐに廊下にいた仲居が近寄って来る。その目はまっすぐこちらを見つめていて笑みは浮かべていない。その瞬間、気づかれないようにわずかに顔をしかめた。  まただ。また、吐き気がする。朝に部屋の前で盗み聞きしていた仲居ではないのに。 「警察の方から部屋で待機させるよう指示がありましたので、今の部屋にお戻りください」 「自分の部屋に戻るだけですよ。一緒にいる警察の人も別に何も言わなかったですけど」  少々乱暴な内容に梅沢は不快感を隠そうともせずそう言うが、仲居は客に対する穏やかな態度ではない。部屋にいる警察官を思わせるぞんざいな態度だ。つまり、今自分たちはもう客として見られていないのだ。殺人容疑の者として見られている。  いや、本当にそれだけだろうか。今まで何度か見てきた旅館の人間たちの一瞬無表情になるあの冷たい顔。今目の前にいる仲居もそれに通じるものがある。  目の瞳孔が開いているような、まるで獲物を前にした捕食者のような。 「その警察の方の上司である東雲さんの指示ですので。指示に従わない場合は報告するように言われています」 「はあ!?」 「わかりました」  少し苛立った様子の梅沢の腕を掴んで香本は歩き出した。穏やかな性格の梅沢だが、小さく舌打ちをする。 「なんだあの言い方」 「あまり事を荒立てない方がいいかもね。どこで、何聞かれてるかわからないから」  あえてゆっくり言ってから、目線でチラリと示す。梅沢が不思議そうにそちらを見れば、扉には「従業員専用」と書かれていた。自分達の部屋のすぐ近くにスタッフルームがあったのだ。  他にも廊下には監視カメラがある。音声までは拾えなくても自分たちがどこで何をしているかが筒抜けのはずだ。 「守屋さんには事情話して部屋に入れてもらおう」  梅沢が守屋にアプリで連絡を入れ香本はアプリのグループを使って全員に連絡をした。既読がつき坂本たちは納得いっていないような返信がきたが、他にどうすることもできずこのまま部屋で待機していようということでまとまった。
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