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「幼稚園生位の時は本当に手がつけられなかったらしいです。子供なんて騒ぐものだし、他の幼稚園児が大声をあげたりすると一方的に暴力をふるっていたとか。普通の幼稚園や保育園には通えないだろうってことで、幼児専用の家庭教師のような人をつけて過ごしていました」
ある程度大きくなればスイッチが入る状態が突発的な大きな音だとわかり、自分からそういう環境を避けて生活するようになった。香本が人を避けて過ごす理由はこれだ。
「今のご時世公園で子供が遊んでいることさえ近隣からうるさいって言われる位ですから。割と静かに過ごすことが世の中の常識になってきていて、気をつけていればこの症状はだいぶ抑えられているんです」
「なるほど。確かに病気でないのなら診断書があるわけでもない。人には理解してもらいにくい難しい症例だね」
「だから特定の親しい人を作らないようにしてきました。こういう特徴の人間と付き合うのは相手も気を遣って嫌でしょうし、僕も常に気を張らなきゃいけないのは疲れます」
「ああ、それでいつも一人にしてくれオーラがすごかったんだな」
梅沢の言葉に香本はうなずいた。香本は決して人間嫌いというわけではない。ただ怒りが抑えられなかった時の人から言われた「ろくでもない人間だ」という類の言葉には傷ついたし、しかしそれを言ってる相手が悪いわけでもない。原因は自分だということもわかっているが、では自分がすべて悪いのかと考えるとどうしても納得できなかった。自分は本当に悪いのか?
悪い事を意図的にしているわけでもないのに。コントロールもできず自分にもどうしようもないのだという葛藤の中で幼少時代を過ごすと、結論は他人と深く関わるのやめようということになるのは当然だ。そのためSNSなど顔の見えない相手とのやりとりは実は積極的に行っている。
パソコンは音量調節ができるので相手と直接話をしたとしても音を調整すればいいし、またあの症状が出てしまったらちょっと席をはずすと言って通話を切ればいい。
「話のネタとか、深く理解されないまま噂が一人歩きをして欲しくなかったので人に言う気がなかったんですけど。あの状況じゃ仕方ないです。このこと大学とか他の人には言わないでもらえますか」
「わかった。それが一番いいよな」
考えこむことなく即答した梅沢に香本は口元だけ小さく笑ってありがとうと言った。
「とりあえず今後のことを考えないと。さっきの事は間違いなく上にいる警察官に話しがいくでしょうし、今後僕は要注意人物としてマークされるはずです。他のお客さんからも近づかない方がいいという認識でしょうから」
「守屋さんや、坂本君たちにも話さないほうがいいのかな。理解はしてくれそうな気がするが」
「すみませんがそれはやめてください。特に坂本達は完全にこれを他の人に話のネタとして広めます。おとなしい奴ほどキレると怖いキャラだ、ということにしておいてください。余計な絡みもなくなるかもしれませんし」
坂本たちが悪い人間というわけではないが、典型的なやや上から目線のゴシップ好きだ。飲み会などやろうものなら俺の知り合いにこんな変な奴がいるんだけど、ということを後先考えず喋ってしまうだろう。大学生活がまだ長いことを考えるとそれは避けたい。
正直坂本たちが好きか嫌いかと言われるとどうでもいいのだが、そこまで仲良くなりたいと思わないタイプである事は確かだ。守屋も普段話す機会が多いと言ってもこれ以上仲良くなる気はないので同じことだ。
「わかった。とりあえず守屋さんの部屋に行こうか。香本君の衝撃が強かったがとんでもないことが起きたのも事実だからね」
久保田のその言葉に二人ははっとする。先程の光景は一体何だったのかと今更ながらに思う。思い出してしまって梅沢気分が悪くなったのか顔をしかめた。
「多分同じなんですよね、木村先生と」
「私が現場を見たものとだいぶ状況が似ている」
人が血を吐き出すのは現象としてはおかしくない。しかし外傷があったわけでもないのに首から血を噴き出たのは一体どういう原理なのだろうか。勝手に皮膚が裂けたとしか思えない。
「それと、あの東雲という警察。確かに聞きました、男の人に異変が起きる直前にヤベ、って言ってました」
その言葉に久保田と梅沢は不可解そうな顔をした。
「やべ、か。まるでそうなることを知っていたかのような発言だね。いや、知っていたならもっと他に対処のしようがある。知っていたというより予測の範囲内だったということかな」
「そうなるだろうとは思っていたけど、あのタイミングでなると思っていなかったということでしょうか」
「もしそうなら、木村先生の事といいさっきの人の事といい。警察や、もしかしたら旅館の人もこのおかしな死に方について何か心当たりがあるっていうことになるんじゃないか」
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