二日目、午後

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 香本の意見に信じられないと言うような表情で梅沢がやや強めに言うが、自分の声が大きくなってしまったと思ったのかはっとした様子で小さい声でごめんと言った。 「そのくらいの声の大きさだったら大丈夫だよ。さっきの男の人みたいに耳元に大声で怒鳴られたくらいの大きさになった時はダメなんだ」 「一般的にうるさいなと思う範囲ってことか、了解」  話しているうちに守屋の部屋の近くまで来きた。この話をあの警察官の前でするわけにはいかない。もうこうなったら認識は共通だ。警察も旅館も人間も、この地域に住んでいる者は信用してはいけない。何かを知っていて何かを隠している。  守屋の部屋に入れてもらうと警察官が通話を終え香本の方に向いた。 「人手が足りないから戻るようにと指示があったので離れます。今後彼女につくかどうかは私にはわかりかねますので一旦ここで失礼します」  警察官はそれだけ言うと足早に部屋を出て行った。拍子抜けしたというのが正直な感想だ。通話をしているのを見て香本はてっきり自分に監視が来るのだと思っていた。あれだけの騒ぎを起こしたのだ、東雲には完全に喧嘩売る口調だった。適当に理由をつけて要注意人物として見張っていろと言われているかと思ったのだが。 「なんかよくわからないけど、一応今がチャンスかな」  梅沢は手短に今あったことを守屋に話した。香本のあたりはやんわりと、堪忍袋の緒が切れたみたいだと当たり障りない内容で説明する。 「香本君でもそんなに怒ることあるんだね」 「ちょっと我慢できなかったっていうか。ああいうタイプ好きじゃないから」  正直上手くごまかし切れた自信は半々といったところだ。守屋は妙に勘が鋭い時がある。 「もうみんなも考えてると思うけど、この地域の人なんか変だよな。絶対普通じゃない」  部屋の中ではあるが少し声を潜めて梅沢が警戒したように言う。その言葉に久保田も頷いた。 「男性が亡くなった時周囲の様子を見たんだが、一般客は悲鳴をあげたり慌てていたようだがホテル側の人間は不自然なほどに冷静だった」 「具体的にはどのように?」 「多少驚いてはいるようだったが何と言うのかな、目の前で人が亡くなったことに対する驚きというよりは厄介なことになった、みたいな雰囲気だ。木村教授が亡くなった時と同じ、なんでこんなことになったんだというような」 「何故こんな凄惨な事件が起きたんだというよりも余計なことをしてくれたな、みたいな感じですよね。それは僕も感じました」  人が一人亡くなった、それも殺人としか思えないような亡くなり方だったというのにホテル側の人間は「怖い」「早く解決してほしい」といった類の話は一切していない。面倒なことになった、という雰囲気がぴったりくる。二人目の犠牲者に至ってはあんな異様な死に方をしたのに混乱していないのはおかしい。 「ここの人たち一体何を知っていて何を隠してるんでしょう。人が目の前で死んでいるというのにおかしなくらいに慌てていない」  香本の言葉に全員黙り込んだが久保田がふと何かに気づいたようにこう言った。 「こんな時になんだが、君たちに与えた課題を覚えているか」 「はい、不老不死の伝説ですよね」  守屋が渡された資料をテーブルに広げる。どうやら一人になってもう一度課題の内容を読み直していたらしい。 「みんなに調べてほしくて教えていなかったが、私と木村教授はもっと深いところまで調べてある。その中でこんな話がある。不老不死伝説と対になるように、もう一つ伝説があるんだ」 「どんな伝説なんですか」  突然食い気味で聞き始める守屋にほんの少し違和感を抱きながら香本は二人の会話を黙って聞いた。 「この辺には不治の病も昔あったという話だ。病状は突然苦しみだし亡くなってしまうという。私と木村教授の目論見では、まず風土病のようなものがあり当時は治療方法がなかった。それを神に縋ったりした結果不老不死の伝説が後からできたのではないかと考えていた」 「そんな伝説があったんですか」  不老不死の伝説を聞いた時よりもなぜか目を輝かせて熱心に話を聞く守屋。その様子を梅沢は不思議そうに見て香本はじっと見つめる。  下では異様な死に方をした人がいるというのに守屋は気にした様子もない、むしろ今風習や言い伝えの話のほうに夢中になっている。
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