二日目、午前

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 少し時間が経ってから久保田がひと部屋ひと部屋全部回り全員をエントランスに集めた。案の定、他のメンバーは軽くパニックとなった。久保田から告げられたのは木村が部屋で亡くなっているという事、他殺の可能性があるという事。 「なんで他殺って思うんですか」  守屋が聞くと、久保田は少々表情を硬くしてから静かに告げた。 「部屋中が血まみれだった、と言えばわかってくれるかな。病死などではない。警察が来ていないから詳しい状況の把握はまだわかっていないが、この状況であの人が自殺するとも思えない。それに」  久保田は沈痛な面持ちだ。 「あれはどう見ても殺されたとしか言いようがない」  よほど凄惨な光景だったに違いない。顔面の筋肉が死んでるのではないかと揶揄されるほどに久保田は表情が変わる事は無いのだが、今は明らかに沈んだ雰囲気だった。 「どんな亡くなり方を……」  旅行気分で参加していた相川が恐る恐るといった様子で聞いてきた。 「刃物か何かでメッタ刺しにされたのかもしれない。血が天井にまで飛んでいた。まさに文字通り血の海だったんだ。私も直視できなくてあまり詳しくは見ていない」  聞けば旅館の者から木村に間違いないか確認してほしいと言われ部屋に行ったらしい。普通そんな事するだろうかと疑問だが旅館の者も混乱しているのだろう。身近だった人間のあまりにも無残な最後に誰もが言葉を失った。昨日まであんなに元気に会話をしていたのに。それも殺された可能性が高いという。確かに少し鬱陶しいキャラだったが、殺されるような恨みを買っているとも思えない。  ――いや、それは僕が彼のことをそんなに知らないだけか。  香本は教授たちに対してもつかず離れずの距離を保っている。親しい友人を作らないのと同じで、あまり身近な人間を作らないよう努めてきた。研究で一緒になる梅沢や守屋の話を聞く限りでは女子からは人気がないらしい。マウントを取るような発言も多いので慕われてはいなかった。しかしそれが果たして殺されるほどの理由になるのかどうか。 「旅館の人の話では今警察に連絡をとっている。警察が来たら我々も聞き取りを行われるから、各自対応するように」 「俺らが殺したって疑われるってことですか」  坂本が食ってかかるように言ったが、久保田は冷静に言葉を返す。 「刑事ドラマの見すぎだ。警察は第三者の立場としてまず現場の把握と事実の確認は必須だ。様々な人間のどんな些細な情報でも全てが捜査に欠かせない。聞き取りに応じるのはむしろ義務だと思ってくれ」  その言葉にやや戸惑ったような雰囲気にはなるが、ムードメーカーの梅沢が皆を取りまとめるように声をかける。 「久保田先生の言う通りだよ。ここで何かサスペンス劇場が起きるわけじゃないんだ、俺たちは一緒にいた人間として情報提供しなきゃいけない。聞き取りって長丁場になるって話も聞くし、気分は良くないのかもしれないけど食べられるものは腹に入れといた方がいいぞ」  わずかに怯えた様子の相川はジュースだけ飲んでおくと言って飲み物を買いに行った。久保田が内線を使ってスタッフに確認したところ朝食の準備はできているという。 「腹が減っている人は大広間に行って食べても良いが、警察が来たら手を止めて応対してくれ。多分そんなに時間はないぞ」  そう言うとスタッフともう少し話をしてくると言ってその場を後にする。香本は少し考えてから部屋に戻ることにした。 「香本君、どうする?」  後ろから守屋が声をかけてきたが、少し気分が悪いから部屋に戻ると言ってその場を後にした。口に出しては言えないが正直そこまで木村の事はショックではない。リアルに想像して気分が悪くなったわけでもない。気分が悪いのは本当だ、朝からずっと感じている吐き気のようなもの。コーヒーを買ってしまったが考えてみたら胃の調子が悪いのなら胃が荒れそうなものは飲まない方が良いだろう。自販機で温かいカフェオレを買ってその場で飲み干した。
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