二日目、午前

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 普通は宿側の人間に聞き取りをするのが先だ。しかし香本たちがエントランスに着くと同時に外から入ってきたのなら警察も着いたばかりのはず。順番がめちゃくちゃだ。  ――いや、飛ばしてるのか。宿の人間への聞き取りは後回しでいいと結論づけている。  自分たちに行った聞き取りも、もしかしたら一応聞き取りをしたという形だけの事実が欲しいだけなのかもしれない。  ――まるで、事件の内容がわかっているかのような対応だ。  ゲームをクリアしてもう一度やろうとした時最初の説明やチュートリアルは飛ばす。それみたいだな、と思った。  久保田の指示通りいつでも帰れるように荷物をまとめようということで各自部屋に戻る。香本が持ってきた荷物は少ない。三日間の宿泊ということで着替えは持ってきたが、何かを調査するのならタブレット一つあれば足りる。写真も撮れるしデータのまとめもできる。旅行気分で来た坂本達は勿論、梅沢や守屋も菓子や遊べる道具をたくさん持ってきているようだ。今日来たメンバーの中でも香本の荷物が一番少ないと言える。  持ってきたカバンに荷物の大半を詰めて特にやることもないので電子書籍でも読もうかと思っている時、内線が鳴った。 「はい」 『さっきのおまわりさんなんだけど」  聞き取りをしていた警察の男だ。木村の部屋から各部屋へのかけ方を教えてもらってかけてきたようだ。 『さっき聞き忘れたんだけどね』  男の声はわずかにトーンが低い、先程のやる気のないだるそうな声ではない。獣が威嚇しているかのようなそんなピリピリした雰囲気だ。なぜ自分にはそんな態度をするのだろうと思いながらなんですかと聞くと。 『君はさぁ、アケビ食べたか?』  全く予想していない質問に思わずぽかんとしてしまう。てっきり事件の内容や木村との関係について何か聞かれるのかと思っていた。それが、アケビを食べたかどうか。意味がわからない。しかしふと思いついて冷静に切り返した。 「どうせ旅館の人に聞いて知っているのでしょう」 『事情聴取にはちゃんと答えてもらいたいね』 「ここの警察のやり方を参考にさせてもらったまでです」 『……』  イラついたのか何か考えているのかわからないが、相手が黙ってしまったので失礼しますと言ってから内線を切った。  そして改めて考える。どうしてわざわざ内線を使って自分に聞いてきたのだろうと。わからないことがあるのなら久保田に聞けばいい。おそらく警察は旅館の人間からほとんどの情報を聞いて知っていると思う。自分がアケビを昨夜食べていないことも。  アケビ。なぜそこを聞いてきたのだろう。何か事件に関わる重要な証拠か何かなのだろうか。  ――ああ、そうか。今僕は犯人と疑われているのか。  そう思わせる何かがあったのかもしれない。だから相手の反応を見ようと一人になったところを狙って連絡をしてきたのだ。  確かにアリバイは証明できないし昨夜アケビを食べていないのはおそらく香本だけだ。全員分の配膳を見ていたわけではないがこれ嫌いなんだよね、という話は聞こえてこなかった気がする。  もしかしたら長丁場になるかもしれない。自分だけ帰れないかもしれないなと思い、今あった事は久保田に連絡を入れた。コミュニケーションのアプリを入れており今回参加のメンバーはグループ登録するよう事前に木村から指示をされている。一応他のメンバー全員に知れ渡ると面倒なので久保田一人だけに伝えておいた。  すぐに既読がつき、わかった、と言う短い返事が返ってきた。  そういえば朝食をとっていないので小腹が空いてきた。吐き気はまだ治っていないが飲み物だけでなく固形物を入れておかなければもたないかもしれない。間違いなくこの後自分は取り調べを受けるだろうなという予感もある。  テーブルの上にはお茶菓子が置いてある。部屋に備え付けの、旅館の土産スペースに売っているものだ。饅頭と焼き菓子のようなもの、小さなどら焼き。甘いものは好きでは無いのだが今からご飯を食べさせてくださいと言うのも面倒なので一つだけ食べることにした。焼き菓子のようなものはどこの地方にも売っていそうなありがちなパイのようなものだった。ひと口サイズですぐに食べ終わる。
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