リングワンデルング

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紫鏡と言う怪談がある。単純明快な呪いで、これを覚えていた者は二十歳になる前に死ぬと有名になった悪しき言霊。 対応する言霊も勿論ある。 白い水晶だが、紫鏡だけが独り歩きしていた気がする。 鏡が珪砂から作られるなら、同じケイ素を元にしながら、規則正しい結晶の並びを持つ水晶の方が古来より希少とされ珍重されたからなのか。 「なんでだよ、なんで……」 鏡の怪談と共に無秩序(カオス)秩序(コスモス)の対比で興味深いと告げた言葉を鼻先で笑った友人は、四時間前と違い憔悴しきった顔で呟いている。 「御大層に言うなよ。適当な廃屋があれば噂通りだと騒げて面白いじゃん」 仲良くしながらも互いの腹積もりは分かっていたつもりだ。どちらが相手を上手く出し抜いて彼女を手にするかだ。 肝試しを切っ掛けにしたくとも、噂の場所が本当にあるのかは知人の誰一人知らなかったから、適当な場所をと探しに来てからの遭難。 場所にアタリを付けて見繕ったのは僕、あの看板を見つけたのは彼だ。 責任はどちらにあるのだろう。 読めない文字、入ったら二度と帰れない呪われた村の噂。 独り歩きした噂は、繰り返されてきた怪談噺の変形だと思っていたけど。 「なんでだよ……」 また呟きながら、友人は傍らをよろよろと通り過ぎて行く。 同じ道を歩いては僕の前を幾度となく通り、同じ言葉をぶつぶつと唱えている。 どうしてこうなったかは僕の中では答えが出ているけど、彼の中では認められない事実としてしか認識されていないのだろう。 だからぐるぐる歩きなのだ。 「なんで……」 僕は、呆然と傍らを通り過ぎる彼に最後の声掛けをした。 「語られた怪談の内容を良く思い出せよ。あの看板を見つけた地点で僕らはもう戻れないと決まっていたんだ。認めてしまえ、認めたら少なくとも呪われた村には行ける」 そう、あの文字を見たと認めてしまえ。 。 背を向け視線を向けた先、今は僕にだけ見える村は、どう歓迎してくれるのだろう。
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