《scene.1》

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 奥にアトリエスペース。こっちは整頓されず、絵の具やら彫刻刀がカラフルに散らかったままの空間が広がり、そこにも彼女はいなかった。 (また、か)  可笑しくなって、僕は少し苦笑い。  彼女らしい、いつもの光景なのだ。  それが、ハンナさんの愛する、枯れない日常。  僕はアトリエのテーブルの脚のあたりに荷物を置いて、慣れたようにそこから出入りできる裏手のドアを押した。 「ハンナさん」 「あ、倉田さん。そっか、もうそんな時間か」  果たして店主はやはり其処にいた。  海の見えるベンチに座るハンナさんが、少しだけ顔を僕の方に向けて言う。  今日もハンナさんは綺麗だった。  風に靡く短めの髪は彼女らしい自由さで舞っていて、午後の陽射しに乱反射するそれが、中心にある微笑みを輝かしく見せた。  でも、見惚れるより早く、僕はすぐに気付く。  彼女が僕を「倉田さん」と呼ぶ時、それは今ということ。  ハンナさんの陰に、低学年くらいの男の子が同じように並んで座っていた。その子は涙目をハンナさんの顔に向けて、じっと見つめている。  小さな両手を包むように、ハンナさんは緑色の絵の具が滲んだ自分の両掌を使って、そっと握っていた。 「いいですよハンナさん。続けてください」  ハンナさんが僕に小さく頷いた後、男の子に向き直る。昔話の続きを話すように、彼女は少し首を曲げて視線の高さを合わせて話し始めた。
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