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「じゅんくん。きみは弱くないよ。とーっても優しいだけ。そのお友達を叩き返したら、きっと痛いと思う。君は痛いって知ってるから、やり返さなかったんでしょ?」
「……うん。でも僕、きっとそれを怖い顔で我慢してたから、あいつ逃げてっちゃったんだ……」
そっかあ。
そう言葉を漏らして、ハンナさんは目を細めた。男の子の目尻から、ホロリと溢れる。すると彼女は肩まで袖を捲った腕をあげ、掌を返して男の子の頭をぽんぽんと撫で始めた。
「……君は、偉いね」
風の温度が変わったように感じた。錯覚なのは分かっているけど、彼女の言葉には、無い筈の「体温」があるのだ。
「偉いよじゅんくん。ちゃんと我慢したんじゃん」
「うん。でも、うまくいかなかった」
「そんなことないと思うなあ。んー、じゃあ、さ。じゅんくんは、もしこれでそのお友達と仲が悪くなって、もうお話出来なくなったらさ、……寂しい?」
じゅんくんは少し考えた後、コクンと頷く。
「だよね。うん、それでいいんだよ。それでいいの……」
ハンナさんは顔を海の方に向けると、誰に聞かせるでもない声量でそう漏らした。
隣りでじゅんくんが小首を傾げたのに気付き、ごめんごめんと言ってからまた続ける。
「……きっとね、お友達もそう思ってると思うな。ハンナさん分かっちゃうんだ、そういうの。きっと今頃ね、じゅんくんを叩いてしまったことよりも、じゅんくんの前から逃げ出してしまったことを、その子はとっても後悔してると思う」
絵の具で緑色に汚れた指で、じゅんくんの髪の毛を優しく触る。
そうかな、と呟いた少年に、きっとそうだよ、と彼女は優しく返した。
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