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◇
二年前。
流行らなかった海の近くの元コテージカフェの空き店舗に、ハンナさんは独り移り住んできた。
木材を使ってアート作品を描いているという彼女は、どうやら海の見えるアトリエを探していたらしい。賑わいも寂しさも半分づつあるようなこの街が気に入り、ここに辿り着いたのだそうだ。
海水浴やサーフィンの出来る浜を持つこの街では、そんな自由な移住者はそれほど珍しくなかった。
僕はこの街で生まれ育ち、地元の建材業者に就職したから、この街から離れた事がない。
だから、趣味のサーフィンでよく会う移住者の人達とも仲良くはなれたが、どこか卑屈な田舎者気質のせいか、大概は深く付き合うまでの関係に至らない事が多かった。
ハンナさんと知り合ったのは、ある日の荒い波に乗った時、遠くの丘のベンチでこちらを眺めている彼女の視線に気付いた気がしたからだった。
その日の夕方、板を担いで帰りの坂道を歩き、僕はあの丘の上の店舗に立ち寄ることにした。
海を眺める人なんていつもたくさんいるけれど、その日の丘の彼女の視線は、たしかに僕だけを見つめている気がしたのだ。自意識過剰も甚だしいが、僕は彼女を知りたくて、衝動のままに店のドアを押した。
その時も彼女は、裏口のベンチに座っていた。
僕の姿に気付いて首だけ振り返ると、海風にそっと声を乗せた。
「君はもう、寂しくなさそうだね」
◇
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