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良医病子の譬え
「若様、近頃学問に身が入らぬようにお見受けするが、いかがなされた?
どこぞ、お悪いのか?」
「いえ、お師匠様、申し訳ございません。
病ではございませんので、ご心配なく。」
「何か、心にかかることがあるのなら、
頭で考えていないで、書いて見なされ。
書くだけで、気持ちが整い、思い煩っていたことは、大したことではないと、
客観的に見ることができる事も多い。
悶々としているくらいなら、試してみなされ。
はい、お師匠様。」
そうお師匠様に言われたものの、
書く気力も沸かないのだった。
こんなことでは、いけないのは、
分かっている。
つうを嫁にすると決めたからには、
いずれ庄屋を継ぐ身として、
より一層精進し、成長しなければ。
つうとも、そう約束したのに…
頭の中は“つうに会いたい”そればかりが駆け巡っている。
こんな有様では、つうに愛想を付かれてしまうかもしれない。
何とかしなければ、と思えども、気力が沸かず、身体が動かないのだ。
自分で自分が情けなかった。
その様子を見ていた旦那様と若旦那様。
若様付の庄之助という若者を呼んだ。
「庄之助、スマンが若に少々苦い薬を飲ませてやらねばならぬようだ。
まぁ、気付け薬のような物だ。
厨に行って、握り飯を二人分と水筒を二本用意させなさい。
お前には、山まで行ってもらうことになる。若には何も言うでないぞ。」
「畏まりました。」
「スミマセン、握り飯を二人分と
水筒を二本、用意お願いします。」
「あら、何処かへお出かけかい?」
「はい、旦那様の御用で。」
「はい、握り飯と水筒。
ご苦労さんだね。道中気を付けて。」
その頃、若様は若旦那様に呼ばれていた。
「若、今与ひょうから知らせがあって、
つうが病だそうだ。
後から薬師も向かわせるから、
庄之助と共に先に向かうのだ。」
「真でございますか!
直ぐに参ります。」
「若様、準備は出来ております。
直ぐ参りましょう。」
「旦那様への挨拶も良い。
一刻を争うやもしれぬ。」
「はい、では、行って参ります。
庄之助、行くぞ。」
若様は庄之助を従え駆けていった。
「若旦那様、つうが病気とは、真でございますか?私も、参らねば…」
「方便じゃ。」
「方便?嘘でございますか?」
「嘘ではない。方便じゃ。」
「どういうことでございますか?」
「法華経の如来寿量品第16に、
『良医病子(ろういびょうし)の譬え』と言うのがある。
ある所に、智慧があり聡明で医薬に通じた良医がいた。
大勢の子どもがおり、ある日、
良医が他国に行って留守の間に、
子どもたちが毒薬を飲んでしまった。
地に転げ回って苦しんでいたところに父の良医が帰ってきて、直ちに良薬を調合して与えた。
子どもたちのうち、本心を失っていない者は飲んですぐに治ったが、
毒気が深く入り込んで本心を失った者は、
良薬を見ても疑って飲もうとしなかった。
そこで良医は方便を設けて
「是の好き良薬を、今留めて此に在く。汝は取って服す可し」
と言い残して他国に行き、使者を遣わして「父は死んだ」と伝えさせた。
本心を失っていた子どもたちは、
父の死を聞いて嘆き悲しみ、
本心を取り戻し、良薬を飲んで病気を治すことができた。
子どもたちがみな治ったことを聞き、父は喜んで帰ってきた。
というたとえ話だ。
若は、お師匠様に
『頭で思い悩んでいないで、書き出してみよ。』と助言をいただいたのに、実行しなかった。
譬でいえば、毒が身体の深くまで入り込んで、正気を失って薬を飲まない
子どもだ。
だから、『つうが病だ』と
方便を使って正気を取り戻させたのだ。
分かったか?」
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