駆ける!

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駆ける!

方便とは知らない若は、必死で駆けていた。 つう、待っていてくれ、今参るから… さすがに、途中腹も減り握り飯を食べ、 水を飲んで少し休んだ。 「若様、水筒の水がなくなったので、農家へ行きもらって参ります。」 庄之助は、農家へ行き水をもらいながら、 「済まないが、この手紙を庄屋様の お屋敷に届けてくれ。 庄之助から預かったと言えば、分かる。」 「若様、お待たせしました。 参りましょう。」 「うむ、参るぞ。」 ふたりは、また駆けだした。 山が近くなり、次第に傾斜がきつくなってくる。 若様は、普段から武道で鍛えてはいたが、さすがに息が上がってきた。 「庄之助、少し休もう。」 その時「若様ではございませんか?」 と声がした。 「与ひょうではないか? 薬師を呼びにいくのか?」 「薬師?はて、どなたかご病気で?」 「つうが病と聞いて急いで駆けて参ったのだ。無事か?」 「つうは、元気にしております。 もう直ぐ下りて参ります。」 「つう!」 若様は坂道を駆け上がると、 つうを抱きしめた。 「若様、どうなさったのです。」 「つうが病と聞き、駆けて参ったのだ。 なんともないのか?」 「はい。御覧の通り、元気でございます。」 「良かった…。 病と聞いた時は、身も細る思いだったぞ。 間に合わなかったらどうしようと、 駆けてきたのだ。」 「与ひょうさま、旦那様からのお手紙でございます。」 庄之助が与ひょうに差し出した。 与ひょう おどろかせて すまぬ。 わか が こいわずらいがひどく しょうきをとりもどさせるのに しょうしょう にがいくすりを のませた。 にさんにち 山のしごとを てつだわせて 村へかえしてくれ。 手紙を読み終えると、 「庄之助さま、与ひょうに後はお任せ下さい。 若様、お手伝い願えますか? これから、下の農家に預けてある籾を取りに参ります。」 「分かった。 この前、母上様の看病で遅れた分の 冬支度を手伝わせてくれ。 薪割りでも何でもするから、言いつけておくれ。」 「はい、若様助かります。」 山里の農家に行き 「与ひょうだ。 預けてあった籾を取りに来た。 納屋にあるのか?」 「与ひょう、つうさんも。 預かってたのは、ここにある。 味噌を仕込む大豆と糀も持ってくかい? 人手があるみたいだから。」 「若様と庄之助さんは、大豆と糀を運んで下さい。」 「分かった。 与ひょう、籾はひとりで大丈夫なのか?」 「大丈夫です。」 「つうさん。」と農家の女房に呼ばれた。 「はい、握り飯と汁にする菜っ葉と茸。持ってお行き。」 「こんなにたくさん。ありがとうございます。」 「山道慣れないのに荷物運んだら、 きっと腹ぺこだろうからさ。」 山の家に着くと、若様と庄之助は 与ひょうに言われたとおりに納屋に 運んだ物をしまった。 つうは、もらった菜っ葉と茸で味噌汁を作り、若様たちを呼んだ。 「握り飯と味噌汁ができてるので、 手を洗って休んで下さい。」 「つう、その前に、つうの母の墓に参らせてくれ。」 「若様、ありがとうございます。 こちらです。これが、母の墓です。」 「母上様、一彦でございます。 初めまして。 先日、つうと許婚の約束を交わしました。 私も、ひと月に七日山の暮らしを学びに参ります。」 つうも共に墓に手を合わせた。 「荷物を運んだだけなのに、腹が減った。握り飯をいただこう。」 「漬物もございます。」 「これは、つうが漬けたのか?」 「はい、そうでございます。」 「パリパリとして、美味いな。 味噌汁も美味い。いつの間にこんなに握り飯を作ったのだ?」 「農家の女将さんが、慣れない山道でお腹が空くだろうからと、持たせてくれました。」 「そうか。帰りに礼を言っていかなければな。」 「若様、今日はとてもよくお召し上がりになりますね。」 「駆けてきたし、荷物も運んだからな。身体を動かせば、腹も減る。 つうが作ってくれたと思うと、なおさら美味いしな!」 それから、与ひょうと共に山に柴を集めに行ったり、薪割りもやってみた。 「薪割りとは、難しいものだの。」 「力任せに斧を振り下ろすのではなく、コツがございます。」 つうは、味噌を仕込むために大豆を洗い、水に浸した。 そのうちに、誰かが山を上がってきた。庄屋の家人が米や野菜を運んできたのだ。 「二、三日若様と庄之助さんがこちらでお世話になる分の米と野菜です。 庄屋様から、よろしく頼むとの事でございました。」 「お疲れ様です。 つう、お茶をお出ししなさい。 麦茶しかございませんが。」 「お疲れ様でございます。どうぞ。」 「ありがとうございます。 若様に、御本を持って参りました。 山にいる間、学問も怠けず致すようにとの事でございます。」 「合い分かった。」 夜になり、その日も綺麗な月が出ていた。 「つう、私のことを少しは思い出してくれたか?」 「お屋敷から戻って、何度か父に叱られました。 『ぼおっとしていては、冬を越せぬ』と。 今日は来て下さり、嬉しゅうございました。明日からは、しっかり働きます。」 「笑わないでくれるか? 私は、つうが恋しくて、何も手に付かず、腹も減らず、これではいかん、と思いながら、出るのはため息ばかりで… 情けない男であろう? こんな風になったのは、初めてで、 どうしたらいいかわからないのだ。」 「でも、今日はよくお召し上がりになっておりましたよ。 もう、病は治られたのではないですか?」 「つうの笑顔が何よりの薬じゃ。 村に戻ったら、手紙を書いていいか?その日に学んだことや色んな事を。」 「はい、楽しみにしております。」 「つう、十になったら、嫁に来てくれぬか。それでも三年ある。 それ以上は、待てぬ気がする。 私も、嫁に迎えられるようにしっかりと学び鍛錬する。」 「はい、私も父から嫁に行って良いと行ってもらえるよう、励みまする。」 「つうは、私にとって何よりの良薬じゃ。 側に居てくれるだけで、元気になる。」 おわり
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