月を見上げる

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若様とつうは許婚となり、 両家公認の間柄となった。 なのに… 若様は、ため息ばかりついておられ、 夜になると月ばかり眺めている。 食も進まぬようで、日に日に やつれてきているように見える。 若奥様は、ご心配になり旦那様に申し上げた。 「旦那様、若様はどこぞお悪いのではないでしょうか。近頃は食も細くなられて、 気のせいかお顔もやつれておいでで。 私、心配で、薬師に診せた方が良いのではございませんか?」 「熱でもあるのか?」 「熱は、ないようでございます。」 「腹が痛むとか?頭が痛むとか?」 「そういうことも、ないようです。」 「ならば、放っておいても、 自然と治るであろう。」 「ですが、胸の辺りが苦しいと申しております。 夜もよく眠れぬようですし…」 「一枝は、経験がないのか? 胸が苦しく、食が進まず、夜も何度も目覚め、月ばかり眺めている…」 「旦那様は、同じようになられたことが、おありでございますか?」 「まぁ、な。随分と昔じゃが。 若旦那にも聞いてみたか?」 「いえ、若旦那様にはまだ聞いておりません。 若旦那様もその様になられたことが?」 「どうであろう。あると思うぞ。 本人にしか分からぬ事もあるからな。 そうか、一枝はないのか。 惜しいことよのう… 若のことは、 さほど心配する事はないと思うぞ。」 「左様でございますか…」 若奥様は、首を傾げながら 「惜しいこと…?」とは、 どういうことであろう? とにかく、若旦那様はご存じのようだから、お伺いしてみなくては、と思った。 「若旦那様、少しお話してもよろしいですか?」 「なんだ、一枝。」 「若様のことで…。 このところお元気がないので、心配で、 旦那様に薬師に診せた方が良いのでは? と申し上げたのですが、そのうち自然に治るからと。 そして、一枝は経験がないのか? 惜しいことよのう…と仰せられて。 若旦那様ならお分かりになるはずと 仰られるので。」 「ははは…旦那様がその様なことを。」 「笑い事ではございません。 私、心配で…。 何か良い薬がございましょうか?」 「薬は…どうであろう。 自然と治るであろうから、心配するな。」 「若旦那様も旦那様と同じ事を… 何の病かご存じなのですね。」 「おそらく…な。」 「なんでございますか?」 「恋煩い。」 「恋煩い?」 「つうと許婚となり、もう気持ちを抑えなくても良くなったから、恋しくて、会いたくてたまらないのであろう。 つうが、行儀見習いに来れば、 自然と治る。 若の病に効く薬は、 “つうの笑顔”であろう。 そうか、一枝は経験がないのか。 惜しいことよ…。」 「真でございますか? 恋煩いとは…」
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