彼がくれた薬がただのラムネだった話

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──また次の日の夜── 私はまたあの居酒屋に行った。彼が来るのを期待して。 自分でもおかしいと思う。 だって、会えるはずがないんだから。 約束なんて一度もしてないし、そもそも来たとして私のことは覚えていないはずだ。ただの失恋してやけ酒していた女のことなんて。 でも一応店員にも聞いてみる。 「あの、紺のスーツの若い男性っていらっしゃってないですよね。なんか爽やかな感じの。なんていうか...。」 特徴を言っても分からない様子だった。当たり前だ。 何人の人を相手にしてきてると思っているんだ。 自分がすごくみじめに思えてきた。 もう帰ろう。そう思った時だった。 「もしかしてそれ俺のこと?」 聞こえた瞬間思わず笑みがこぼれた。嬉しかったからではない。 おかしかったのだ。こんなにも人がいるのに会えてしまった奇跡が。 一度会っただけの彼の声をはっきりと覚えてしまっている自分が。 そこにはあの薬をくれた彼がいた。 「で、どうなったの。」 私たちは席に移動してまた同じビールを頼んだ。 「どうなったって。何も変わってない気がするんだけど。」 「変わるって何が?」 思っていたよりも軽く返されてなんだか腹が立ってくる。 「こんな怪しそうな薬、飲めば死ぬんだろうと思ったの。」 「なに、君死にたかったの?」 そうじゃないけど...。 「もしかしてまだ気づいてないの?」
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