13R 夢の舞台

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 他の出走馬もGⅠに勝利したことや重賞を複数勝ったことのある者が多く、どの馬が勝ってもおかしくない高レベルなレースである。重賞勝利経験のない馬が番狂わせをするかもしれないと新聞片手に語る男性もいる。  もう少し写真を撮りたかったが、香奈に腕を引かれて亜由美はパドックを後にした。あともう少し残っていたら、レースまでに移動し終えることができなかっただろう。  いよいよ、有馬記念が始まる。  ターフに姿を現した人馬を観客が出迎えた。レーシングプログラムを手にした男性が騎手の応援をしている。父親と一緒にいる男の子がアルテフェリーチェのぬいぐるみを大事そうに抱いており、父親の方はアルテフェリーチェの応援馬券などを持っている。新聞を広げた女性が人気薄の馬の番号が書かれた馬券と新聞を見比べる。カップルと思しき若い男女が各々の推し馬に声援を送る。  今年も有馬記念がやって来た。 「クルリちゃん……!」 「ムジークヴィント、頑張れ」  ゲートに入る前、ムジークヴィントはいつものように静かに佇んでいた。鬣と尻尾が風に揺れている。その名の通り、風の似合う馬である。彼の駆けた後には風の音がメロディーとなって響くだろう。その風の音に、亜由美はあの日心を掴まれた。  今日はきっといい風が吹くはずだ。亜由美がそう思うのも、いつものこと。夢の舞台、有馬記念。けれど、変に意識せずにいつも通りでいようと思った。ムジークヴィントがいつもと変わらないのなら、亜由美もいつもと同じように応援するだけだ。 『全馬ゲートに収まりました』  ムジークヴィントにとって一回目の夢の舞台が幕を開ける。 『――有馬記念、スタートしました!』  人気と実力を兼ね備えた十六頭の馬達が綺麗に揃ったスタートで走り出した。大歓声の中、亜由美と香奈も声援を送る。  一周目のスタンド前。ムジークヴィントは中団後方を走っている。 「頑張れ! ムジークヴィント!」  スタンドからターフまで、亜由美の声がムジークヴィントの耳に届くことはない。それでも、今この場で、この舞台で、直接応援できることが嬉しかった。  風を奏でる馬の末脚に彼女は夢を見た。これからもきっと、いい風が吹くはずだ。 「頑張れ!」  夢や思いを乗せて、彼女の推しは駆けて行く。
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